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2006年4月
主の平安を広める器

主の平安を広める器

ロバート・S・ウッド
七十人

わたしたちはキリストのを受けているにもかかわらず,知らず知らずのうちに,人を中傷し,悪口を言い,思い込みで好き嫌いを決めてしまう傾向に陥っていないでしょうか。

ロバート・S・ウッド 友人に,全国放送のテレビ番組で毎週政治討論に加わっている人がいます。彼女は自分の役割についてこう話しています。「わたしたちは考えるよりまずしゃべるようにと言われています。」わたしたちは,多くの人が考えずに物を言う時代,すなわちじっくり考えてから答えるよりも感情の赴くままに対応することがもてはやされている時代に生きているようです。国内であれ国際間であれ,人間関係であれ,政治問題であれ,家庭内であれ,公の場であれ,当事者同士の話し声は耳障りなほどますます荒くなり,人々は,不注意からではなく故意に相手を傷つけたり,不必要に騒ぎ立てたりするようになっています。

主は時の初めから現在に至るまで,サタンが人の心をあおり立てて怒らせることについて警告してこられました。1 モルモン書には,レーマンがある一連のパターンを繰り返していたことが記されています。あまりにつぶやくことが多かったため,自らの内に怒りをかき立て,それを激しい憎悪へと発展させ,ついには殺人を犯そうとするパターンです。2 ほかにもモルモン書には,欺かれた邪悪な人々が怒りを募らせ,争いにまで発展したことが随所に記されています。司令官モロナイの時代に,背教者アマリキヤは「ニーファイの民に反感を抱くようにレーマン人の心を」3 あおりました。アミュロンとノア王の邪悪な祭司たち,ニーホル,コリホル,背教者ゾーラム(こうした 不埒(ふらち)な人々はモルモン書を通じて繰り返し出て来ます)は人々の心に不信感を植え付け,論争をあおり,憎しみを募らせました。

主はエノクに対して,御自身の降誕の時代と再臨に先立つ時代が「悪事と報復の時代」4 となるであろうと言われました。またこの終わりの時に,激しい怒りが全地にありのままに注がれると言われました。5 「激しい怒り」を表す英語の“wrath”という語には,神の義憤という意味と,人の激情や心に深く根ざした怒り,過激な憤りという意味があります。前者は,しばしば「愛情がなく,自分の血族を憎んでいる」6 子らに向けられた,御父の愛にあふれる心遣いから生まれるものであるのに対して,後者の激しい怒りは,「秩序もなく,情けもない……邪悪の度を増し」7 ている人々から生じるものです。わたしは地には両方の怒りが注がれているのではないかと思います。神の怒りを買っているのはおもに,邪悪と中傷,過激な憎しみへと人々をあおり立てている者たちが原因となっているのではないでしょうか。

怒ることによって人が最初に失うのは真理と理解力です。ヤコブは「人はすべて,聞くに早く,語るにおそく,怒るにおそくあるべきである。人の怒りは,神の義を (まっと)うするものではないからである」8 と勧告しました。エノクが述べたように,神は平安と公正と真理の 御座(みざ)に座しておられます。9 それが偽りの友であれ,不義の教師,芸術家,芸能人であれ,地方新聞の論説員や投稿者であれ,権力や富を求める人であれ,怒りをかき立てる人に気をつけましょう。そのような怒りは,静かに考える態度や慈愛に満ちた気持ちを失わせてしまうのです。

アルマは,神の証人となり,互いに重荷を負い合うことを神と聖約したいと願う人々をモルモンの泉に招きました。10 この神聖な聖約を実際に交わした者として,わたしたちは道であり,真理であり,命であるイエス・キリストに忠実でなければなりません。

わたしたちはキリストの御名を受けているにもかかわらず,知らず知らずのうちに,人を中傷し,悪口を言い,思い込みで好き嫌いを決めてしまう傾向に陥っていないでしょうか。互いの考え方や支持政党,あるいは仕事や宗教が違うからといって他人を悪者扱いしていないでしょうか。異なるように思える相手の見解を,時間をかけて理解し,できるかぎり共通の視点に立とうとしているでしょうか。

大学院時代に,わたしは政治哲学のある著名な学者について論評を書きました。わたしがその学者の考えに同意していないことは,一読すれば明らかでした。指導教授の女性から,論評は悪くはないが,及第点は上げられないと言われました。そして,批判する前にはっきりとした根拠,政治哲学者本人も納得するような根拠を提示しなければならないと指摘を受けました。このため論評を書き直しました。その哲学者との間で重要な相違点はまだありましたが,彼を以前よりもよく理解し,彼の論拠の弱点とともに長所や優れた面も見つけることができました。このときに学んだ教訓はわたしの人生の様々な面で生かされてきました。

アンドリュー・ジャクソン将軍(訳注──第7代合衆国大統領。元合衆国陸軍大将)はニューオーリンズの戦いのときに,兵士を前にしてこう言いました。「諸君,銃口をもう少し下げて構えようではないか。」わたしたちの中にも,「銃口」をもう少し下げて構える必要のある人が大勢いると思います。これに対して,個人的な,また公の場での発言は「銃口」を上げて礼儀を正す必要があります。他人の意見を皮肉ったり,他人の考えを誤って伝えたり,他人の動機や人格を不当に非難したりしてはなりません。わたしたちは,主が命じておられるように,正直な人々と賢明な人々,そして善良な人々を,彼らがどこにいようとも支援する必要があります。そして,「すべての教派や宗派,門派」の人々の中には,「見いだす場所を知らないということだけで〔福音の〕真理を得られずにいる」人々がいることを心に留めなければなりません。11 中傷し,型にはめ込み,好戦的な文化のただ中にいるからといって,わたしたちは福音の光を隠してよいものでしょうか。

相いれない見解を持つ人々と接するときに, 嘲笑(ちょうしょう)したり,皮肉な態度で接したりすることがよくあります。その人自身や考え方を 軽蔑(けいべつ)するために,当惑させたり傷つけたりします。父リーハイが示現で見た大きく広々とした建物にいた人々の取った典型的な手段です。12 キリストの兄弟ユダは「『終りの時に,あざける者たちがあらわれて,自分の不信心な欲のままに生活するであろう。』彼らは分派をつくる者,肉に属する者,御霊を持たない者たちである」と言って,警告しました。13

嘲笑とよく似ているのが皮肉な態度です。欠点を見つけて暴くときに皮肉な態度がにじみ出ます。そのような態度の人々は,誠実さや正直という美徳を疑い,あざ笑うような表情を,それとなく,あるいは公然と浮かべます。イザヤは「悪を行おうと,おりをうかが〔い〕」,「言葉によって人を罪に定め,町の門でいさめる者をわなにおとしいれ,むなしい言葉をかまえて正しい者をしりぞける」者たちについて述べています。14 主は終わりの時に,この点について次のように勧告しておられます。「互いに非難し合うのをやめなさい。……何よりも,完全と平和のきずなである慈愛のきずなを, 外套(がいとう)のように身にまといなさい。」15

ジョージ・アルバート・スミス大管長はこう述べています。「憎しみ,偏見,不信感,また一部の人が隣人に向ける不親切な態度ほど人類家族にとって有害なものはこの世にありません。」16 政治に関してスミス大管長はこう警告しました。「自らの政治上の見解のゆえに,兄弟たちに対して思いやりのない言葉を語っている人がいるとしたら,このことを知っておいてください。あなたは危険な状況にあります。」17 末日の王国の大いなる使命について,スミス大管長はこう勧告しました。「わたしたちが所属している教会は争いを好む教会ではありません。世界に平和を差し出す教会です。世に出て行って他人のあら探しをしたり,理解しないからと言って人々を批判したりするのはわたしたちの本分ではありません。わたしたちの務めは,思いやりと愛の精神をもって,人々の間に出て行き,主がこの終わりの時に明らかにされた真理を伝えることです。」18

主はわたしたちに一つの民として特別な使命を課しておられます。いにしえの時代,エノクに言われたように,わたしたちが生きる時代は 暗闇(くらやみ)の時代であり,義が天から下され,キリストとその (あがな)いの使命について再び (あかし)するために真理が地から出て来る時代です。そのメッセージは洪水が押し寄せるように世界に広がり,主の選民は地の四方から集められます。19 世界のどこに住んでいても,わたしたちは主の平安を広める器となるのです。ペテロが述べたように,わたしたちは,神につける民であって,「暗やみから驚くべきみ光に招き入れて下さったかた」の勝利を宣言することを求められているのです。「あなたがたは,以前は神の民でなかったが,いまは神の民であ〔る。〕」20 わたしたちは,攻撃したり,不必要に事を荒立てたりするのが日常化している世に染まってはなりません。主がパウロとモロナイに言われたように,ねたんだり,高慢になったりしてはなりません。すぐにかっとなったり,みっともない振る舞いをしたりしてはなりません。邪悪でなく,真理を喜びとしてください。わたしたちが示すのはキリストの純粋な愛でなければならないのです。21

激しい怒りに満ちあふれる世界にあって,現代の預言者ゴードン・B・ヒンクレー大管長はこう勧告しています。「さて,これらの危険な時期にあってわたしたちにできること,しなければならないことはたくさんあります。自分たちの理解するままにこの状況が持つ様々な側面について意見を述べることができますが,決して両方の側の様々な国にいる兄弟姉妹に関して,非合法なまたは不適切なことを言ったり行ったりすることのないようにしましょう。政治的な違いによって憎しみや敵意が正当化されることは決してありません。異なる政府や団体に対してどのような忠誠心を持っていようと,主の民が困難のときにあって互いに友好関係を保つことができるよう,わたしは願っています。」22

末日におけるキリストのまことの証人であるわたしたちは,不用意に暗黒に足を踏み入れるのでなく,またペテロの述べた「近視の者」になるのでなく,思いと言葉と行いにおいてキリストと回復された福音の証の実を結ばせましょう。23 神は生きておられます。イエス・キリストは道であり,真理であり,命です。回復の偉大な預言者ジョセフ・スミスは,わたしたちを一個の民として確立し,現在もなお神の預言者ゴードン・B・ヒンクレー大管長によって導かれるように道を備えた器となりました。キリストの純粋な愛を日々新たにして,主とともに世の暗黒を乗り越えようではありませんか。

イエス・キリストの御名によって,アーメン。

1. 2ニーファイ28:20;教義と聖約10:24参照

2. 1ニーファイ16:37-38参照

3. アルマ48:1

4. モーセ7:46,60

5. 教義と聖約115:6参照

6. モーセ7:33

7. モロナイ9:18-19

8. ヤコブの手紙1:19-20

9. モーセ7:31参照

10.モーサヤ18:8-10参照

11.教義と聖約123:12。98:10も参照

12. 1ニーファイ8:26-33;11:36参照

13.ユダ1:18-19

14.イザヤ29:20-21

15.教義と聖約88:124-125

16. Sayings of a Saint, アリス・K・チェース〔1952年〕, 30

17. Conference Report,1914年4月,12

18. Conference Report,1935年4月,44

19.モーセ7:62参照

20.1ペテロ2:9-10

21.1コリント13:4-6;モロナイ7:45-47

22.「戦争と平和」『リアホナ』2003年5月号,80

23. 2ペテロ1:8-9参照

 
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