神権を持つことで,偉大な祝福を受けることは確かですが,同時に神権には偉大な義務が伴います。
愛する兄弟たち,教会の神権者に話すということは,いつも偉大な特権であり,大きな責任でもあります。恐らく,この集会は世界史上最大の神権者の集まりだと思われます。
今日は,若い男性に向けて,アロン神権を持つことがどれほど祝福であるか話します。この神権は「小神権」とも呼ばれています。「小」が付くからといって,その重要性が損なわれることはありません。小さいことなどないのです。体格のいい若人を見ると,特にそれがよく分かります。
皆さんは初めて
聖餐を配った日の高揚感をよく覚えていることと思います。アロン神権者である皆さんは,聖餐を準備し,祝福し,執行し,配るときに,聖餐を取るすべての会員が,主に従う決意を新たにし,救い主の
贖いの犠牲を信じる信仰を再び新たなものとするのを助けています。聖餐を取る会員は,御子の
御名を受け,いつも御子を覚え,御子の戒めを守り,いつも御子の
御
霊を受けられるように努める,ということを思い起こします。皆さんが自分の持つ神権を重んじ,神権にかかわる自分の義務を常に尊ぶように願っています。
最近ある記事を読みました。聖餐を配るときの態度にいささか問題のある執事たちについて書かれていました。彼らは,聖餐のパスを,だれもしたがらない雑用のように考え始めました。度々遅刻し,時には適切な服装をしていないこともありました。ある日曜日,神権アドバイザーが言いました。「
今日は,聖餐のことは心配しなくていいよ。ほかの人がするから。」
もちろん,これを聞いて彼らは驚きましたが,いつもと同じように,聖餐会に遅れて来ました。開会の賛美歌の最中に,何食わぬ顔で入って来て,会衆に紛れて座りました。そのとき,いつも執事が座る席にだれが座っているのかが分かりました。彼らのアドバイザーやワードの大祭司たちです。その中には,かつて監督やステーク会長を務めた人もいます。皆,濃い色のスーツに白いワイシャツ,ネクタイをしています。列から列へと聖餐のトレイを持って移動する彼らの姿は,
敬虔そのものでした。その日の聖餐は,どこか深遠で,意義深いもののように感じられました。それまで義務を機械的に果たしていた執事たちは,聖餐を配ることは神聖な信頼の
証であり,最大の名誉の一つなのだということを,模範によって学びました。1 神権者とは,使徒ペテロが呼んだように「王国の神権者」2 であるということを理解し始めました。
一般的に,アロン神権には,監督会の指示の下に,聖餐を執行し,配るという責任があります。ソルトレーク・シティーのわたしの所属ワードには,忠実な年配の会員は多いのですが,アロン神権の年齢の人はわずかです。わたしはもう何年も,こうした大祭司や長老たち,忠実で,偉大な事柄を成し遂げてきた彼らが,主の晩餐の聖餐を,
謙遜に,敬虔に配る姿を見てきました。ある時期,これらの神権者の中には,連邦裁判所の上級判事や,ユタ州知事の候補者,その他の要職を務めた著名な人々が含まれていました。それでも,その神聖な神権の義務を果たすことを,名誉と思い,明らかに特権と感じているようでした。
アロン神権は,霊的な力を持つ偉大な
賜物として,主がアロンとその子孫に授けられたものです。3 この神権には「天使の働きと備えの福音の
鍵」4 があり,また「悔い改めの福音の鍵と,罪の
赦しのために水に沈めるバプテスマの鍵」5 があります。
この天使の働きについて
一言申し上げます。古代でも現代でも,天使は人を訪れて,指導や警告や指示を授けてきました。訪れを受けた人はそれによって恩恵を受けます。わたしたちは天使の働きが生活にどれだけ影響しているか,普段はそれほど認識していません。ジョセフ・F・スミス大管長は言いました。「これと同じように,この地上を去り,忠実であってこの権利と特権を享受するにふさわしいわたしたちの父親,母親,兄弟姉妹,友人は,肉体に宿っていたときに愛を培った人々に対し,神の
御
前より,愛,警告または
叱責,教えの言葉をもたらすために,再び地上に来てその
親戚や友人を訪れる使命を受けるかもしれません。」6 そのような経験をしたことがあると感じている教会員は大勢います。天使の働きは,昔も今も,福音に欠かせない重要なものです。ジョセフ・スミスが完全な福音を回復したときも,天使が働きました。
息子アルマも,仕える天使と直接交わる経験をしました。若いころのアルマは,不信仰な者たちの中に数えられており,「多くの者に自分と同じような罪悪を犯させ」ていました。ある日,モーサヤの息子たちと連れ立って「神の教会を滅ぼそうとして歩き回っていたときに……主の天使が彼らに現れ〔まし〕た。その天使は,まるで雲に包まれて来たかのように
降って来て,さながら雷のような声で語り,その声は……大地を震わせ〔まし〕た。」そして,その天使は大声で言いました。「アルマよ,起き上がって立ちなさい。あなたはなぜ神の教会を迫害するのか。」
この経験に圧倒されたアルマは,気を失い,父のもとに運ばれました。父アルマやほかの者たちが2日間断食し,祈った後で,やっとアルマは健康と力を取り戻しました。そして立ち上がって,こう宣言します。「わたしは自分の罪を悔い改め,主に贖われました。まことに,わたしは御霊によって生まれました。」7 やがて,アルマはモルモン書の中でも最も偉大な宣教師の一人となります。しかし,長年の伝道の中で,アルマは天使の訪れについて一度も語りませんでした。むしろ,神の聖なる御霊によって真理を知るようになったと証する方を選んだのです。
天使から教えを受けることは偉大な祝福です。しかし,アルマ自身が教えたように,彼の究極の永続的な改心は「幾日もの間,断食をして祈っ」8た後で初めて得られました。アルマの完全な改心は聖霊によるものです。それは,ふさわしければ,だれもが経験できます。
奇跡的な出来事は,必ずしも改心につながるわけではありません。例えば,レーマンとレムエルが弟たちを虐待したとき,一人の天使が現れて,やめるようにと警告しました。この天使はまた兄弟全員に向かい,ラバンは彼らの手に渡されるであろうと言いました。ニーファイはそれを信じて,ラバンから
真鍮の版を手に入れます。しかしレーマンとレムエルは,天使の訪れを受けたにもかかわらず,信じもせず,行いを改めもしませんでした。ニーファイは兄たちにこう言います。「主の天使に会ったことを忘れたのは,どういうわけですか。」9
若人の皆さんは,自分の証を築いている最中です。証というものは,日常の生活の中で,聖霊を通じて霊的な確認を受けることで強められます。偉大な現れが証を強めることもあるでしょうが,そのようなことはめったに起きません。
神権を持つことで,偉大な祝福を受けることは確かですが,同時に神権には偉大な義務が伴います。
- 1.神権者はすべて,職と召しの範囲内で主の御名によって行動することで,召しを尊んで大いなるものとします。定員会会長会,監督,定員会アドバイザーの指示に従うことによって,召しを尊んで大いなるものとします。つまり,依頼を受けたら,聖餐を準備し,執行し,配るということです。同時に,アロン神権のほかの責任を果たすということでもあります。例えば,教会の集会所を清掃し,ステーク大会や教会のほかの集会のためにいすを並べ,割り当てに従ってそのほかの義務を果たすのです。
- 2.アロン神権,つまり備えの神権を持つ者には,大神権を受ける資格を満たすために備える義務があります。また,教会の奉仕においてさらに大きな責任を果たすために訓練を受ける義務もあります。
- 3.アロン神権を持つことには,模範になり,清い思いを持ち,適切な行動を取るという義務が含まれています。こうした属性を,神権の義務を果たしながら身に付けていくのです。
- 4.皆さんは,定員会やほかの活動を通じて,同じ標準を持つ若人との友好を深めることになります。互いに強め合ってください。
- 5.聖文を研究し,福音の原則を学ぶことで,伝道に出る備えをします。
- 6.祈ることを学び,祈りの答えを認識します。
教義と聖約には,アロン神権の様々な権威が説明されています。第1に,神権に聖任されるということは,儀式を執り行う権威を授かり,アロン神権の権能を授かるということです。ワードでは監督会がアロン神権の会長会を務めます。10 第2に,この神権には幾つかの職があり,それぞれ異なる責任と特権があります。執事には,常任教導者として教会員を見守る責任があります。11 教師には,教会員を見守ることに加えて「彼らとともにいて彼らを強める」責任があります。12 祭司の務めは「説き,教え,説き明かし,勧め,バプテスマを施し,聖餐を執行することであり,また各会員の家を訪れ」ることです。13 監督は,大祭司の職を持っていますが,祭司定員会の会長でもあり,祭司定員会の働きを指導します。
これらのアロン神権の職を一つずつ昇進していく際に,前の職に伴う権威を引き続き持つことになります。例えば,祭司の皆さんには,執事や教師のときに行ったことをすべて行う権威が備わっています。実際,皆さんは最終的にメルキゼデク神権に聖任されたとしても,アロン神権のそれぞれの職を持ち続け,その職にかかわる業を行い続けるのです。長年にわたり十二使徒定員会の会員であった,故リグランド・リチャーズ長老は,この原則をよく理解していました。彼はよく「わたしは,執事が大人になったにすぎません」と言っていました。
先ほど話したように,教えることはアロン神権の重要な義務の一つです。10代の皆さんにとって,教える機会が訪れるのは,父親やほかのメルキゼデク神権者とホームティーチングの同僚となって奉仕するときです。物質的にも霊的にも会員の必要を世話することは「教会員を見守る」責任として非常に重要な役割です。
預言者ジョセフ・スミスは,ホームティーチングを大変重要視していました。オークリー兄弟という人が預言者のホームティーチャーでしたが,オークリー兄弟がスミス家へホームティーチングに行く度に,「預言者は家族を呼び集め,自分のいすをオークリー兄弟に勧めて」彼の話をよく聞くよう「家族に言いました。」14
アロン神権の若い男性は,私生活でも,ホームティーチングのときも,聖餐を準備し,配るときも,神権者としてほかの務めを果たすときも,いつも御霊とともにある必要があります。つまずきの石を避けなければなりません。つまずきの最たるものは,悪い習慣に染まることです。
すべての兄弟に,何であれ習慣性のあるものを避けるよう勧告します。現在,教会のえり抜きの若人の中には,アルコール,様々な麻薬,ポルノグラフィー,たばこ,ギャンブル,その他の習慣性のあるものによって,サタンとその手下の奴隷になっている人がいます。こうしたものに生まれつき弱い人の場合は,1回経験しただけで,手に負えない依存症に陥ってしまうこともあるようです。実際に精神が変わってしまい,理性や分別では抑制できない衝動に駆られる症状もあります。こうした依存症は,本人の生活だけでなく,両親,
伴侶,子供の生活さえ破壊してしまいます。預言者エレミヤは嘆きました。「地の王たちも,世の民らもみな,……門に,あだや敵が,討ち入ろうとは信じなかった。」15
主は無限の知恵をもって,わたしたちにとって益にならないものに決して触れてはならないと警告しておられます。わたしたちは,最初の1杯を飲まず,最初の1本を吸わず,最初の麻薬を試さないよう警告されてきました。好奇心や仲間からの圧力で試してみるというのは,ただの言い訳にすぎません。自分と自分の将来だけでなく,愛する人たちのためにも,立ち止まって,結果をよく考えてみてください。その結果は肉体にかかわるだけでなく,御霊を失う恐れもあり,サタンのえじきになってしまうのです。
神権はわたしを精練し,霊的にし,慰め,強め,自分を律する力を与えてくれました。そのことを証します。わたしは,祖父の家庭,父の家庭,わたし自身の家庭で,一生を通じて,神権の霊的な影響の下で生きてきました。神権という無限の権威と権能を用いて,人々を強め,
癒し,祝福することを思うと,へりくだらずにはいられません。神の御名によって行動するために,わたしたちが神権の権能を持つ者としてふさわしく生活できますよう,イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。
注
1. レアード・ロバーツ「水とパンに」『聖徒の道』1984年11月号,40-41から翻案
2. 欽定訳1ペテロ2:9から和訳
3. 教義と聖約84:18参照
4. 教義と聖約84:26
5. 教義と聖約13:1
6. Gospel Doctrine,第5版(1939年),436
7. モーサヤ27:8-24参照
8. アルマ5:46
9. 1ニーファイ7:10
10. 教義と聖約107:15参照
11. 教義と聖約84:111参照。教義と聖約20:57-59も参照
12. 教義と聖約20:53参照
13. 教義と聖約20:46-47
14. ウィリアム・G・ハートレー“Ordained and Acting Teachers in the Lesser Priesthood,1851-1883,”Brigham Young University Studies,1976年春,384
15. 哀歌4:12