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わたしたちは最も大いなる世代でした

L・トム・ペリー長老
十二使徒定員会


L・トム・ペリー長老,  “わたしたちは最も大いなる世代でした,”  Mar 2011

ヤングアダルト対象の教会教育システムファイヤサイド・2011年3月6日・ブリガム・ヤング大学

美しくまたハンサムなヤングアダルトの前に立ち,皆さんを目にする度に,いつものことながら圧倒される思いがします。さらに世界中で何十万人もの方々が出席していることを考えると動揺すら覚えます。

皆さんは教会の未来です

歳月は急速に流れていきます。やがて皆さんは人生のこの時期を最も感動的であったと振り返ることでしょう。わたしは教会のヤングアダルトに絶大な信頼を寄せています。わたしが最も力強い啓示を受けたのは,ヨーロッパ中央地域を管理する任を受けてその準備をしていたときのことでした。

眠れない夜を過ごしていたあるとき,ヨーロッパの教会の将来を担うのはヤングシングルアダルトであり,彼らに集中する必要があると強く感じました。そして,その時期はわたしの長年にわたる務めの中で最も大きな実りをもたらすものとなったのです。ここ数年間に非常に満足できる結果が表れています。わたしたちは皆さんの考えや関心事に耳を傾けてきました。

大勢の友人を連れて来てともに礼拝できるように支援する方法を,皆さんと一緒に学んできました。この教会のヤングアダルトの間にほとばしる霊の力を目にしてきました。わたしは皆さんに力があることを知っています。回復されたイエス・キリストの福音を友人に知らせるために互いに励まし合う様子を目の当たりにしてきました。

皆さんは若く,わたしは年老いています。皆さんとわたしの間には,年齢に大きな隔たりがあります。皆さんの年代のころ,わたしは簿記のクラスで計算尺を使って計算していました。これがどれほど役立つかをお見せしましょう。わたしは説教をするとき,1分間に140語のペースで話します。この計算尺の目盛りを,わたしの話す単語数に合わせると,何分の話になるのかが分かります。しかし,ほかのほとんどすべての計算については皆さんの近代化された知性に追いつくために,最新の技術に慣れていくしかありません。

皆さんのペースに合わせて最新の技術を使いこなすには多くの変更を求められます。コンピューターについて言えば,1401パンチカードから360ディスク記憶装置のコンピューター,ノートパソコン,パームパイロット,ブラックベリー携帯,アイポッド,アイフォン,そして現在持っているアイパッドの使い方を学んできました。88歳の老人にとって皆さんについていくのがどれだけ大変か考えてみてください。

若い人たちが開発するものについていくためにわたしたちの世代は大きな試練を受けています。けれどもわたしたちの方が先に進んでいることが一つあります。それはあらゆる変化に対応してきたことです。これからを築き上げていく基礎となり,いまだに大きな価値を持ち,昔から基本とされていることを経験によって知っていることです。皆さんはそれらについて読むことしかできません。無視したり,投げ捨てたりしてはならない基本事項についてお話したいと思います。

最も偉大な世代となってください

数年前に,ある著名な作家がわたしの時代の人々を「最も偉大な世代」と呼びました。著者のトム・ブロコウは次のように説明しています。

「これらの男女は,経済破たんが疫病のように全土を覆った大恐慌の時代に成長した。仕事や農場,働き口,希望を失った親たちを目にしていた。いつの日か訪れる未来を受け入れることを学んだ。……やがてこの世代は,練兵場に召集されて,戦争のための訓練を受けると言い渡された。彼らは牧場や……町の職場を離れ……組み立て工場や……ウォール街の職場を捨て,学校を中退するか卒業をあきらめて軍服に身を包んだ。 ……

彼らは大戦終盤からの参戦に,抗議行動を起こすこともなく応じた。本来なら冒険や愛,仕事からの教訓で充実した日々を過ごすはずだった彼らは,考えられないほど過酷な状況の中で戦い,時には白兵戦に突入した。……彼らは毎日,恐怖に満ちた空へ飛び立ち,故郷の浜辺から遠く離れた憎しみの渦巻く海へと出て行った。 ……

戦争が終わった時,戦争にかかわった……男女は歓喜あふれる祝勝ムードに浸る間もなく,自分の求める生活や世界の再構築に着手し始めた。彼らは年齢の割に成熟し,戦争体験によって自制心を身につけ,訓練と犠牲によって修行を積んでいた。結婚した男女は記録的な数にのぼり,そして次の……世代をもたらした。彼らは個人の責任,義務,名誉,信仰の価値を重んじた。」1

皆さんの年代のころのわたしは,皆さんと同じ望みを持っていました。恋愛,教育,職業,結婚を楽しみにしていました。しかし,わたしたちは召集され,世界各地へ派遣されて,法律により保護される思想,行動,集会,政府の自由という基本的な権利を擁護するため,恐ろしい戦争に加わりました。その兵役は自分のためだけでなく,次の世代に貢献するためでした。わたしたちは自分の意思に基づいて出征しました。大きな勇気が必要とされました。

その称号を自分に求めるつもりはありませんが,わたしは「最も偉大な世代」の生き残りです。未来に目を向け,皆さんの将来を考えるとき,皆さんが一歩前進して,過去の気高い受け継ぎを守る責任を引き受けてくださるよう祈ります。皆さんが将来「最も偉大な世代」と呼ばれることになるよう願っています。

皆さんの戦いは異質なものとなるでしょう。わたしたちよりもはるかに大きなチャレンジに遭遇することでしょう。わたしたちの敵は戦場にいて,銃撃してきました。今日の敵ははるかに陰険です。必ずしも正面から攻撃してきません。ありとあらゆる策略の中にひそんでいます。敵はそこかしこに邪悪な思いを植え付け,輝かしい歴史が教えてくれた徳からわたしたちを引き離そうとしています。入念に計画して,クリスチャンの信仰を弱める方法を作り出しています。

今晩わたしは,クリスチャンの信仰の基盤が世界中で揺るがされていることについてお話したいと思います。

救い主を信じる信仰をはぐくむ

皆さんには,天の御父の子らが救い主とその道に対して信仰をはぐくむことによってクリスチャンとしての信仰の基盤に心を向けるよう助ける務めがあります。

ローマ法王ベネディクト16世はヨーロッパ,オーストラリア,合衆国において教会が弱体化していることを嘆いてこう語りました。「神を必要とする兆しが見られなくなっています。キリストについてはなおさらです。いわゆる伝統的な教会は瀕死の様相を呈しています。」2

人々は伝統的な礼拝から離れてしまいました。多くの人が自分は宗教的でなくスピリチャルなのだと言います。教えが自分の生活様式に合っていれば受け入れ,彼らの信仰に加えられますが,そうでないと,彼らは自分に都合のいい信仰を築き上げていきます。信仰と霊性は今や消費者の好みに合わせた製品と化しているのです。物質主義が神にとって代わりました。人類の信仰を崩壊させることになるこれらの危険な流れにわたしたちは反対する声を上げなければなりません。

神に対する信頼を,朽ち果てるものに置き換えることについてモルモン書は何度も警告しています。多くのニーファイ人が信仰から離れていった時代についてモルモン書は次のように説明しています。「彼らは非常に豊かに富を持つようになったために,心の中で高ぶり,次第に高慢になった。そのため,彼らはますます富に目を向けるようになり,また,神の前をまっすぐに歩むようにという,〔預言者たち〕の言葉を心に留めようとしなくなった。(アルマ45:24

若い友人の皆さん,社会の中でクリスチャンの信仰が弱まっていくのを目にしている今,わたしたちは自分の信仰をいっそう堅固で確かなものにしなければなりません。「わが子らよ,覚えておきなさい。あなたたちは,神の御子でありキリストである贖い主の岩の上に基を築かなければならないことを覚えておきなさい。そうすれば,悪魔が大風を,まことに旋風の中に悪魔の矢を送るときにも,まことに悪魔の雹と大嵐があなたたちを打つときにも,それが不幸と無窮の苦悩の淵にあなたたちを引きずり落とすことはない。なぜならば,あなたたちは堅固な基であるその岩の上に建てられており,人はその上に築くならば,倒れることなどあり得ないからである。」(ヒラマン5:12

ニーファイはこう言いました。「わたしたちはキリストのことを話し,キリストのことを喜び,キリストのことを説教し,キリストのことを預言し,また,どこに罪の赦しを求めればよいかを,わたしたちの子孫に知らせるために,自分たちの預言したことを書き記すのである。……キリストの内にある命を待ち望み,……正しい道とは,キリストを信じること……である。」(2ニーファイ25:26-28

わたしたちはこのような主張を支える基を築いているでしょうか。

キリストの犠牲の象徴は,すべての世代に及ぶ

歴史を通じて,記録に残された最もすばらしい事実は,地球に対する主なる救い主の使命を説明していることです。主の使命は人類の歴史の最初から預言されていました。

一例として,モーセ5章を読んでみましょう。

「主なる神であるわたしが彼らを追い出した後,アダムは,主なるわたしが命じたように,地を耕し,野のすべての獣を治め,額に汗してパンを食べることを始めた。彼の妻エバも彼とともに働いた。 ……

アダムとその妻エバは主の名を呼び,エデンの園の方向から彼らに語る主の声を聞いた。しかし,主を目にすることはなかった。彼らは主の前から締め出されていたからである。

主は彼らに,主なる彼らの神を礼拝し,主へのささげ物として群れの初子をささげるようにと戒めを与えた。アダムは主の戒めに従順であった。

多くの日の後,主の天使がアダムに現れて言った。『あなたはなぜ主に犠牲をささげるのか。』そこで,アダムは彼に答えた。『わたしには分かりません。ただ,主がわたしに命じられたのです。』

すると,天使は語って言った。『これは,御父の,恵みと真理に満ちている独り子の犠牲のひながたである。

したがって,あなたが行うすべてのことを御子の御名によって行いなさい。また,悔い改めて,いつまでも御子の御名によって神に呼び求めなさい(1,4-8節)。

地上における福音の儀式として,このように犠牲が神権の権能によって執り行われ,世の罪のために御自分の命をささげる神の御子の犠牲の予型として定められました。

儀式の形式は必ず,時の中間においでになる主の犠牲が中心となっていました。例えば過ぎ越しのささげものは,染みと傷のない1歳を迎える前の雄の子羊が選ばれました。血を流す際には骨が折れないように注意を払いました。すべては救い主の死を象徴していました。

アダムから救い主の時代までずっと犠牲がささげられてきたことは驚きに値します。人類は背教の時代を幾度も経験してきました。しかし,神が独り子を通して人類の罪を贖ってくださり,主の贖いの血によって不死不滅が実現されるという希望は人々の心にはっきりと残されていたのです。

犠牲をささげる慣習は救い主が地上に来られた時をもって終わりました。そして,主が地上に来て,教え導かれたことを主の弟子たちが覚えるため,聖餐が定められました。それはルカ22:19-20に記されています。

「またパンを取り,感謝してこれをさき,弟子たちに与えて言われた,『これは,あなたがたのために与えるわたしのからだである。わたしを記念するため,このように行いなさい。

食事ののち,杯も同じ様にして言われた,『この杯は,あなたがたのために流すわたしの血で立てられる新しい契約である。』」

福音が回復され,聖なる救いの儀式を執行する神権の力が再び地上にもたらされるまでの間,背教という暗黒の時代があったにもかかわらず,この記念は幾世代もの長きにわたって様々な形と方法で実施されていたということにも驚きを覚えます。

記録に残されている歴史のあらゆる時代に,救い主の使命を思い起こさせる記述があります。主は神の市民権と人の市民権という二つの市民権を持って地上に来られました。これによって,贖罪を通して,あらゆる人のために偉大で気高い犠牲をささげることが可能でした。イエスがキリストであり,世の救い主であられたという教えを研究すること以上に,すべての時代を通じて,これを確実に立証する方法があるでしょうか。主は地上のわたしたちの旅路を導き,教えるために福音を与えてくださいました。

イエス・キリストの福音の真実性を世界に示す

デビッド・O・マッケイ大管長はこう語りました。

「世界の抱えている問題をイエス・キリストの福音が解決することを示す責任は,それを主張している人々にあります。……わたしはイエス・キリストの福音の原則に従うことにより世のすべての問題が解決すると信じています。

世界で最も大きな問題を解決する手段はこのイエス・キリストの教会にあります。個人の必要だけでなく,国民と複数の国民に対応するための準備が十分に整えられています。わたしたちには優れた知恵があると称する傾向があるようですが,そのようなことはありません。神の計画に世の問題を当てはめているだけなのです。世界の歴史において特に独創的ともいえるこの時代の神権者には,教会がかつて経験したことのない大きな責任が課せられています。繰り返します。もしわたしたちが真理を持っていると主張するなら,木の実を味わうようにとの呼びかけに応じてやってくる世の人々が,有益で良いものであることに気づくように生活する義務がすべての末日聖徒にあります。」3

わたしたちが世界に携えていく大いなるメッセージは,救い主の福音が再び地上に回復されたということです。主の教会は聖なる神権の力と栄光とともに再び地上に置かれています。

神権に聖任された人は主の代理人となる権能を持ち,教義,儀式,原則,また天と地において結び固める力を与えられています。この教会は救い主の教会であって,主が御自身で選んだ預言者たちを通して教会の諸事を指示しておられます。そして預言者は人々に福音を教え,イエス・キリストが救い主であり贖い主であられることを証します。今は,時の初めから預言者たちによって語られてきた時満ちる神権時代です。実現すると主の預言者たちが語り聖典に記録されたあらゆることが成就します。この教会は新しい教会ではなく,この時代に回復された教会です。

皆さんはこの時のために主がとっておかれた世代です。人々がこの世の方法を捨てて,主に従い主の福音に従って生活することを条件に約束されている祝福に心を向けるよう,主に代わって助けるという聖約と約束とともに皆さんはバプテスマの水をくぐりました。天の御父の子らがクリスチャンとしての信仰に心を向け,主への信仰をはぐくみ,主の道に戻れるよう助けることができるのです。

あなたができること

「ではどうしたらよいのですか」と尋ねるかもしれません。数か月前の聖餐会でわたしたちのステーク会長は,人々の心を教会に向けるためにわたしたちにできる4つのことを提案しました。

第一は, 毎日祈ることです。『聖書辞典』(Bible Dictionary)にはこう記されています。「わたしたちが神に対する真の関係(すなわち,神はわたしたちの御父であり,わたしたちは御父の子供であること)を理解するやいなや,祈りはわたしたちにとって自然で,本能的に行われるものとなる(マタイ7:7-11)。いわゆる祈りを難しくすることの多くはこの関係を忘れることによって生じる。祈りは御父の御心と子らの意思を互いに通わせることである。祈りの目的は神の御心を変えることではなく,神がわたしたちに与えようとすでに備えておられる祝福を,自分のため,また人々のために得ることである。しかし,それを得るには求めなければならない。祝福を受けるに当たっては,何がしかの働きや努力がわたしたちに求められる。祈りは努力の一種であって,至高の祝福を得るために定められた手段である。」4

トーマス・S・モンソン大管長は次のように述べています。

「この話を聞いている,大小様々の試練と闘っている皆さんにお伝えします。祈りは霊的な強さの源であり,……祈りは,わたしたちを愛してくださっている天の御父に近づく手段です。祈りの中で御父に話しかけ,答えに耳を傾けてください。奇跡は,祈りを通してもたらされるのです。 ……

心を込めて祈ることを覚えてください。」5

毎日個人の祈りをささげましょう。そのうえで,ひざまずいて神に祈るよう勧めることによって,人々がクリスチャンとしての信仰に心を向ける手助けをしましょう。

第二は, 毎日聖文を研究することです。イエス・キリストについて,モルモン書に見られる証以上に力強い証があるでしょうか。モルモン書の239章のうち233章は救い主について述べられています。驚くべきことです。

皆さん自身が毎日聖文を研究しましょう。そのうえで人々に毎日聖文を研究するよう勧めることによって,彼らがクリスチャンの信仰に心を向ける手助けをしましょう。

第三は神殿のふさわしさです。皆さんの中に神殿に入ったことのある人もいれば,まだ入っていない人もいます。神殿推薦状を受けるには何が求められるかを理解しておくとよいでしょう。イスラエルの判士のもとに行って,有効な神殿推薦状を受けるにふさわしいことを確認するこのプロセスをはっきりと理解し,そして推薦状を持つ人に求められている標準に従って生活するのです。

義にかなって生活することにより,神殿の祝福にふさわしく生活する模範を示しましょう。

第四は,毎日奉仕することです。ベニヤミン王の言葉を思い起こしてください。「そして見よ,わたしがこれらのことを語るのは,あなたがたに知恵を得させるためである。すなわち,あなたがたが同胞のために務めるのは,とりもなおさず,あなたがたの神のために務めるのであるということを悟らせるためである」(モーサヤ2:17)。わたしたちが人々に奉仕することを通して主は祈りに答えてくださるのです。

キリストのように仕える模範となりましょう。そして人々に,出て行って同胞に奉仕するよう勧めることによって,彼らがクリスチャンとしての信仰に心を向ける手助けをしましょう。

「戦い進め」

わたしは皆さんの年齢のころに,一つの経験を通して奉仕の大切さを理解しました。その経験は10年前に「キリストの特別な証人」と題するビデオの中で紹介されました。今晩もう一度見ていただきたいと思います。

「救い主だったらこんな時どうなさるだろうか。」ある出来事を思う度に,わたしはこのように考えることによってもたらされる喜びを思い起こします。

わたしは平和条約が調印されて第二次世界大戦が終結した直後に最初に日本に上陸した米軍の軍人の一人でした。荒れ果てた長崎の町に入ったときのことは,人生で最も悲しい経験の一つとなっています。町の大部分は完全に破壊されていました。放置されたままの遺体もありました。進駐軍として,わたしたちは本部を設置して任務を開始しました。

その荒涼とした状況に,わたしたち数名は,任務以外にも何かしたいと思いました。そこで自分たちの部隊の従軍牧師のところに行き,キリスト教の教会の再建を支援する許可を求めました。政府による戦時下での規制のため,これらの教会はほとんど機能していませんでした。数少ない建物はひどく損壊していました。わたしたちは休日にこれらの教会堂を修理してしっくいを塗り,キリスト教の礼拝行事を再開できるようにしました。

言葉はまったく分かりませんでした。わたしたちにできたのは建物の修理という肉体労働だけでした。わたしたちは戦時中に礼拝行事ができなかった牧師たちを尋ね当て,説教壇に戻るよう励ましました。彼らが再びキリスト教の信仰を実践する自由を体験したとき,わたしたちは彼らとともにすばらしい経験をしました。

忘れることのない出来事が起きたのは,わたしたちが長崎を出発して国へ帰ろうとしていたときでした。祖国へ帰る船に向かって列車に乗ろうとしていたとき,わたしたちはほかの大勢の軍人たちにからかわれました。彼らはガールフレンドたちと別れの言葉を交わしていました。そして彼らは,日本での楽しみを逃したと言ってわたしたちのことを笑いました。労働したり壁にしっくいを塗ったり,まったく時間の浪費だったと言うのです。

彼らがわたしたちをからかっていた最中のことです。駅の近くの小さな丘の向こうから,わたしたちが修理した教会の偉大な日本人クリスチャン約200人が,「戦い進め」を歌いながらやって来たのです。彼らは下りて来て,たくさんのプレゼントを渡してくれました。そして彼らは線路に沿って並び,わたしたちは動き出した列車から手を伸ばして,彼らの指に触れながら去ったのでした。お互いに胸が詰まって,話すことはできませんでした。しかし,戦争が終わった国で,わずかではあってもキリスト教の再建を手助けできて,わたしたちはうれしく思いました。6

新たな決意をする

わたしは神が生きておられることを知っています。わたしたちは皆御父の子供であり,御父はわたしたちを愛しておられることを知っています。御父は全人類のため,そして主の福音を受け入れて主に従う者が,神のあらゆる賜物の中で最も大いなるものである永遠の命を得られるように,贖いの犠牲として御子を送ってくださいました。神の指示によって,預言者ジョセフ・スミスを通じて福音が再び地上に回復されました。死すべき生涯において見いだすことができる唯一の永続的な喜びと幸福は,救い主に従い,主の律法に従い,主の戒めを守ることによってもたらされることを証します。

若い友人の皆さん,新たな決意をするよう求めたいと思います。天の御父の子らがクリスチャンの信仰と,この試しの生涯に最も必要とされる心の平安と幸福を得るため,堅固な宗教基盤に心を向ける手助けをしましょう。そうすることによって,「最も大いなる世代」となるようお勧めします。

主なる救い主の福音を通して信仰を修復する勇気,大胆さ,熱意,意欲が神により与えられるよう願っています。主は生きておられます。イエス・キリストの聖なる御名によって証します,アーメン。

© 2011 Intellectual Reserve, Inc. 版権所有。英語版承認:2010年6月,翻訳承認:2010年6月。原題:We Were the Greatest Generation. Japanese PD50029874 300

Notes

1. トム・ブロコウ,The Greatest Generation(1998年), xix-xx.

2. ノエラ・ノックス,“Religion Takes a Back Seat in Western Europe,” USA Today, 2005年8月11日付, http://www.usatoday.com/news/world/2005-08-10-europe-religion-cover_x.htm.

3. デビッド・O・マッケイ,Gospel Ideals(1953年), 5.

4. 『聖句ガイド』「祈り」の項

5. トーマス・S・モンソン,『リアホナ』2009年5月号,68-69

6. L・トム・ペリー,『キリストの特別な証人』(DVD,2003年)からの抜粋

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