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自らの霊的な行く末に備える

ニール・L・アンダーセン長老
十二使徒定員会


ニール・L・アンダーセン長老,  “自らの霊的な行く末に備える” 

ヤングアダルト対象のCESファイヤサイド・2010年1月10日・ブリガム・ヤング大学

愛する若い兄弟姉妹の皆さん,ここマリオットセンターで皆さんの顔がすべて見えるわけではありません。また,世界中の何千という礼拝堂に集っている人たちの顔は,もちろん,見えません。しかし,皆さんが善良であり,正しいことを行いたいと望み,主と回復された福音を愛していることを感じます。中央幹部に与えられている祝福の一つは,全世界の会員に会う機会があるということです。過去数か月の間に,わたしたち夫婦は,合衆国の各地で皆さんと顔を合わせ,握手する機会がありました。昨年の6月には,ウークトドルフ管長夫妻とともに東ヨーロッパ,ロシア,イギリスを旅しました。10月には,南アフリカと西アフリカを訪問しました。11月に中央アメリカから帰ってきました。この教会のヤングアダルトや青少年の持つ義の力には目を見張るものがあります。皆さん,安心してください。数え切れないほど多くの人たちが,皆さんと同様,試練に直面しながらも,大切な使命を感じているからです。わたしは皆さんを愛しています。今晩,皆さんにとって大切な事柄を話題とするに当たり,主の御霊がともにあるようにと祈ります。

わたしは現世で,皆さんよりも3,40年長く生きています。しかし,こうして皆さんのもとにやって来たのは,人生経験が長いからではありません。自分の弱点に気づきながらも,主について証し,主に代わって語るように聖任され,委任を受けた主イエス・キリストの使徒として,皆さんの前に立っているのです。今晩の割り当ては,救い主の先任使徒であるトーマス・S・モンソン大管長からいただきました。

皆さんを見ていると,37年前の自分を思い出します。フランスでの伝道から帰還したばかりでした。わずかばかりの借り入れ金以外,ほとんど資金はありませんでしたが,ブリガム・ヤング大学に通うことになりました。キャンパスで窓拭きの仕事を見つけ,それから1年たって,最愛の女性,キャシー・ウィリアムズにめぐり会いました。自分の前途に対して,幾分かの孤独感と不安を抱いていました。こう考えたのを覚えています。「自分の前にはどのような未来が待ち受けているのだろう。そのためにどのような準備をすれば良いのだろう。」

そのように考えたことを思い出しながら,今晩のメッセージに「自らの霊的な行く末に備える」というタイトルを付けました。

イエスはこの地上におられたとき,弟子たちが形のないもの,すなわち霊的な事柄をよりよく理解できるように,たびたび形のあるものについて話されました。種,穀物,納屋,雌鳥,花,狐,そのほかにも多くの形あるものについて話されました。人々が信仰,悔い改め,霊的な力,そして救いについて理解を深められるように助けるためでした。

主は飛行機については話されませんでした。当時の社会にはなかったからです。しかし,ウークトドルフ管長は,その埋め合わせをしてくれました。パイロットとしての経験に基づいて数々のすばらしい教えを提供してくれたのです。

今晩,わたしも飛行機の話をします。それは「自らの霊的な行く末に備える」というテーマについて学ぶ助けとなるでしょう。

サレンバーガー機長とUSエアウェイズ1549便

今から約1年前の2009年1月15日,ニューヨーク市のラガーディア空港からUSエアウェイズ1549便が離陸し,瞬く間に空へと舞い上がりました。合衆国の東海岸に沿ってノースカロライナ州シャーロットに向かう平穏無事な旅となるはずでした。飛行機の操縦は,チェスリー・B・「サリー」・サレンバーガー機長で,1万9,000時間以上の飛行歴がありました。離陸後の1時間半はお決まりの行程になるものと思っていました。

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チェスリー・B・サレンバーガー機長

この大型旅客機A320が高度3,000フィート(約900メートル)まで上昇したとき,予期せぬことが起こりました。翼を広げると全長2メートルもあるカナダ・ガチョウが群れをなして,真正面から飛行機の行く手をさえぎったのです。鳥の群れは飛行機にぶつかり,さらに悪いことに,ものすごい勢いでタービンの中に空気を吸い込む両翼の巨大なエンジンが,行く手をさえぎったガチョウも吸い込んでしまいました。鳥がエンジン内部に吸い込まれたとき,不気味にきしる音が聞こえました。それから,あたりは静まり返りました。エンジンが停止したのです。

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USエアウェイズ1549便がハドソン河に不時着するまでにたどった航路

サレンバーガー機長は,どうすれば安全に着陸できるか考え始めました。ラガーディア空港や最寄りの空港に引き返すことも考えました。しかし,それには大きな危険が伴います。エンジンの推力がない状態でどれくらいの時間,飛行機を滑空できるか分かりませんでした。一瞬で判断を下さなければなりませんでした。サレンバーガー機長は,自分にできる最良の選択は,ニューヨークのすぐ近くを流れるハドソン河に不時着することだと判断しました。その数秒間,彼の受けてきた機長としての訓練,判断力,直感そして才能のすべてが,迫り来る緊急着陸のために結集されました。

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ジョージ・ワシントン・ブリッジのわずか900フィート(約270メートル)上空を滑空するUSエアウェイズ1549便

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2009年1月15日,ニューヨークのハドソン河に不時着したUSエアウェイズ1549便

窓の外には立ち並ぶ摩天楼が見えました。飛行機は急降下し,ジョージ・ワシントン・ブリッジのわずか900フィート(約270メートル)上空を通り過ぎました。機長は,速度をできる限り落とすと,両翼を川の流れに対して完全に平行に保ち,機首を持ち上げ,腹部を川面にすべらせました。重量120トンの飛行機は,水上をスキップし,何の損傷もなく無事に着水しました。

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救出を待つUSエアウェイズ1549便の乗客たち;ロイター通信社/ジェーン・ドー撮影

冬で気温は氷点下をかなり下回っていました。機長はやがて機体が沈むことを承知していました。乗客は緊急出口から出て飛行機の両翼へと迅速に誘導されました。救命ボートが用意され,湾岸に停泊していたボートが後から後から乗客を救出しに来ました。信じられないようなニュースでした。6,000万ドルの飛行機は消え失せましたが,サレンバーガー機長は不時着を果たし,154人の乗客全員と乗務員は勿論,サレンバーガー機長も助かったのです。

イエスがその民を教えられた時の方法にならって,形のあるものとないものを関連づけてみましょう。わたしたちの霊的な行く末,あなたの霊的な行く末は,3つの点でUSエアウェイズ1549便に象徴されているということについて話し合ってみましょう。第一に,皆さんは現世で旅の途上にあります。第二に,皆さんは,霊的な機長を務めなければならず,果たすべき特別な使命を与えられています。第三に,皆さんの神聖な務めは,無事に帰還すること,そして多くの人を一緒に連れて来ることです。

現世の旅

1――皆さんは現世で旅の途上にあります。

1549便の乗客の生活は,ニューヨークで飛行機に搭乗したときから始まったわけではありません。彼らは旅をしていたのです。飛行機に乗る前から人生で多くのことを経験していましたし,飛行機を降りてからも多くの経験をすることになっていました。これと同様に,わたしたちの人生は,この現世で始まったわけでも,終るわけでもありません。わたしたちは旅の途上にあるのです。その旅は,はるか昔,前世の状態から始まりました。そこでわたしたちは「霊の世界において最初の教え」を受け,「主の定められたときに出て行……く準備をした」のです。(教義と聖約138:56)わたしたちは文字通り天の父母の息子と娘です。主はこうおっしゃいました。「わたしは神である。わたしは世界を造り,また人々を,彼らが肉体にある前に造った。」(モーセ6:51)「わたしは彼らを天で創造したのである。」(モーセ3:5

詩人ウィリアム・ワーズワースはそれを次のような美しい言葉で表現しています。

われらの誕生はただ眠りと前世の忘却とに過ぎず。
われらとともに昇りし魂,生命の星は,
かつて何処かに沈みて,
遥かより来たれり。
過ぎ去りし昔を忘れしにはあらず,
また赤裸にて来りしにもあらず
栄光の雲を曳きつつ,
われらの故郷なる神のもとより来りぬ。1

わたしたちは前世で受身的な生活を送ったわけではありません。現世と同様,選択をしなければなりませんでした。さらに成長するために,肉体と現世の生活が必要になりました。自ら進んで信仰により生きることを証明する必要がありました。天の御父は,わたしたちにある一つの計画を提示されました。この計画の中心を成すのは,わたしたちに代わって御父のもとに帰る道を備える独り子の役割でした。わたしたちは御父の計画を受け入れ,救い主が選ばれたことを喜びました。前世であらかじめ定められたわたしたちの機会と責任は,わたしたちが現世でどのような行いをするか決めるうえで助けとなります。わたしたちにはよく理解できませんが,何らかの形で,前世での行いは現世におけるわたしたちに影響を及ぼしています。2

わたしたちは今,ここ,すなわち長い間待ち焦がれた現世にいます。前世の生活についてはもう何も覚えてはいません。しかし,その生活にはなつかしい響きがあります。この現世においてすら,わたしたちは大切なことをすべて覚えているわけではないのです。例えば,自分が初めて言葉を話した時や,初めて歩いた時のことを覚えているでしょうか。幼いころ,次のように考えたことを覚えているでしょうか。「お母さんがあまり抱っこして歩いてくれなくなったから,好きなように動き回りたいなら,立ち上がって歩くしかないかな。」ほんとうの自分は現世での誕生とともに存在し始めたのではないことに気づくのは難しいことではありません。わたしたちは神の息子であり,娘なのですアルマ書に「この民に多くのことを思い出させ」る聖典の役割について述べた箇所があります(アルマ37:8)。 聖典を通してわたしたちの理解は増し加えられ,わたしたちは自分が現世に来る備えをしていたことを知っているのです。

わたしたちの人生が生まれる前から始まっていたように,わたしたちの人生は心臓の鼓動が止まるときに終るわけではありません。わたしたちは存在し続けます。ほんとうの自分,一個人としての自分は,いつも自分自身であり続けるのです。こういう人もいます。「わたしは自分のことが好きではありません。」それは困りましたね。どのような自分になるかは自分で決めることができます。今日の自分を越えることもできます。しかし,あなたは,いつもあなたであり続けるのです。

主の大義における機長

2――皆さんは,主の大義にあって霊的な機長を務めなければならず,果たすべき特別な使命を与えられています。

わたしたちには霊的な行く末があります。しかも,現世を旅する飛行機の後部座席で受身に構えることはできません。主はアブラハムにアブラハムの子孫を通じて全世界の民が祝福を受けると約束されました(創世22:18; アブラハム2:9)。そのとき主が語っておられたのは,わたしたち,すなわち御自身が「聖約の子孫」7とお呼びになった民を通して,この世に霊的な祝福がもたらされるということだったのです(3ニーファイ20:26)。アルマはこの民の中には,「神の先見の明によって世の初めから召され,備えられていた」(アルマ13:3)者がいると述べました。

次のように考えたことがあるでしょうか。「わたしはどうしてこのような人なのだろう。わたしはどうしてこのような感じ方をするのだろう。わたしはどうしてこれほど完全に主イエス・キリストを信じる道を選んだのだろう。ほかの人たちは何も気に留めないのに,わたしはどうして戒めを守る道を選ぶのだろう。わたしはどうしてモルモン書に対してこのような気持ちを感じるのだろう。ほかの人たちはこの聖なる書物に対してほとんど無関心なのに,どうして言葉が聖文のページから抜け出して,わたしの心に直接入ってくるのだろう。わたしはバプテスマを通じて神聖な聖約を交わし,神殿でも数々の聖約を交わし,また〔皆の多くがそうであるように〕専任宣教師として働いてきた。どうしてなのだろう。」

それは,皆さんが生活に福音を取り入れ,回復された福音の大義にあって指導者となるよう選ばれ予任されていたからなのです。

サレンバーガー機長は,1549便を操縦したときに1万9,000時間以上の飛行歴がありました。パイロットになる決心をしたのは16歳の時だとサレンバーガー機長は振り返ります。エンジンを一基搭載しただけの小型飛行機に8時間弱乗った後で,飛行機を操縦することが自分の行く末の一部になることが分かったそうです。3

自分には永遠の観点から見て大切な行く末,霊的な行く末があるという事実を受け入れましょう。祝福師の祝福を読んでください。古の王女エステルについて語られたように,「あなたが……迎え入れられたのは,このような時のため」9なのです。そのことを信じ,受け入れてください(エステル4:14)。

ほんとうの自分,そしてあるべき自分に気づいても,主の大義にあって機長となるには十分ではありません。巨大なカナダ・ガチョウよりもはるかに危険で,人をその行く末から引き離す障害物や誘惑があります。用心しなければなりません。主の大義にあって機長となるには,備えなければなりません。この備えが容易ではないのです。救い主はこう言われました。「だれでもわたしについてきたいと思うなら,自分を捨て,自分の十字架を負うて,わたしに従ってきなさい。」(マタイ16:24)さらにこう述べられました。「自分の十字架を負う者は,すべての不信心とあらゆる世の欲を捨て,わたしの戒めを守らなければならない。」(ジョセフ・スミス訳マタイ16:26)

空軍士官学校で訓練を受けていたころのことを振り返り,サレンバーガー機長はこう語っています。

「それは強烈な経験でした。……わたしたちは試されていました……チャレンジを与えられていたのです。残念ながらたくさんの仲間が落伍して行きました。……

そのような中で,わたしは気づきました。自分のことを十分に深く見つめられれば,自分の中に思いも寄らない力が見いだせるのです。追い込まれ駆り立てられることがなかったならば,……自分にはどのような頼れる潜在能力があるのか,そのすべてを知ることはなかったでしょう。」4

霊的に備えることで自らの潜在能力を見いだすことができます。祈りには力があります。聖文には強さがあります。信仰を持って前進すること,また,もっと従順になることを学びます。毎週ふさわしい状態で聖餐に備え,聖餐を取ることで,自らを新たにし守ることができます。わたしたちはきわめて貴重な聖霊の賜物を受けます。この天からの贈り物は,現実のものであり,わたしたちを安全に守るために必要不可欠なものです。

飛行機の機長という仕事について話した際,サレンバーガー機長はこう警告しています。

「あらゆる状況を予測できるわけではありません。完全なチェックリストなどというものもありません。5

……自分は何を知っていて,何を知らないかということを知っていなければなりません。……

また,状況次第で判断がどのように変わるのかを理解しなければなりません。」6

同じ原則がわたしたちの霊的な使命にも当てはまります。聖霊の賜物を通じて授かる個人の啓示は,予期せぬ状況を乗り越え,現世での使命を果たすうえで,わたしたちの導き手となります。また,個人として義にかなっていることは,聖霊の賜物を受けるうえで絶対に不可欠です。うわべだけの従順では,聖霊の賜物による導きを受けられないでしょう。

わたしたちが考え行うすべての中心を成すのは,主イエス・キリストです。その生涯はわたしたちの模範です。イエス・キリストのおかげでわたしたちは再び生きることができます。その贖いの力によって,わたしたちは御父の前に清い状態で立つことができます。わたしたちは天の御父とその御子イエス・キリストを,「心と,勢力と,思いと,力」を尽くして愛することを学びます。わたしは次の言葉が好きです。「主を心から愛する人は,何にも増して主を愛し,主に関するものだけを愛します。」7イエスはこう言われました。「もしあなたがたがわたしを愛するならば,わたしのいましめを守るべきである。」(ヨハネ14:15

この地上には善良な人が大勢います。利己心のない人も大勢います。わたしたちと同様,キリストを信じている人もいます。天の御父に祈りをささげ,祈りの答えを受けているのはわたしたちだけではありません。御父はすべての子供たちを愛しておられるのです。しかし,この末日聖徒イエス・キリスト教会だけに神権があるということをわたしたちは忘れてはなりません。この教会だけに主の預言者がいるのです。この教会だけに,家族が永遠に存続することを可能にする神聖な結び固めの力があるのです。

この放送は33の言語に翻訳されていますが,会員の数はこの地上に住む何十億という人々に比べれば微々たるものです。ペテロはわたしたちのことを,選ばれた種族,王国の神権者,……特異な民16と呼んでいます( 1ペテロ2:9参照)。皆さんに与えられている特別な役割と責任を忘れたり,ないがしろにしたりしないでください。皆さんは主の大義にあって機長とならなければなりません。回復された福音の旗を高く掲げなければなりません。なぜなら末日聖徒イエス・キリスト教会は「〔主〕の前に道を備える使者」17になると,主がおっしゃっているからです。(教義と聖約45:9

神聖な務め

3――皆さんの神聖な務めとは,無事に帰還すること,そして多くの人を一緒に連れて来ることです。

皆さんの霊的な行く末は,皆さんが霊的に助けた人々の人生に刻まれることでしょう。サレンバーガー機長はどうして英雄となったのでしょうか。どうして尊敬され,感謝されたのでしょうか。迅速に物事を考えることができたからでしょうか。エンジンが停止したときに正しい選択ができたからでしょうか。着水するときに両翼を完全に水平に保つ方法を知っていたからでしょうか。このどれもが理由と言えます。しかし,何よりも大切なことは,154人の命があっけなく失われるところだったのを,彼が救ったからです。また,彼らを救うことで,自分自身をも救ったからなのです。

サレンバーガー機長は,乗客の命を救ったことについてこう述べています。「理論的には,155というのは,単なる数字でしかありません。しかし,すべての乗客の顔,さらには彼らの愛するすべての人々の顔をのぞき込んだときに,1549便であのような良い結果に終ったことがほんとうにどれほどすばらしいことなのかを痛感しました。」8

これをわたしたちの使命に当てはめることができるでしょうか。この教会の会員は,教会でも,世界中でも,非常に寛大な心で貧しい人や乏しい人を助けています。しかし,わたしたちの神聖な使命,主がアブラハムの子孫を通じて世にもたらされると語られた祝福は,主として,霊的なものです。

わたしたちは,周囲の人々に関心を向け,彼らが天の御父のもとに戻れるように助けなければなりません。

主はこう語られました。「自分の命を得ている者はそれを失い,わたしのために自分の命を失っている者は,それを得るであろう。」(マタイ10:39)霊的な機長という役割について考え,霊的という言葉を挿入しながら,マタイ25章を読んでみましょう。

「そのとき,王は右にいる人々に言うであろう,『わたしの父に祝福された人たちよ,さあ,世の初めからあなたがたのために用意されている御国を受けつぎなさい。

あなたがたは,わたセーガー〔霊的に〕空腹のときに食べさせ,〔霊的に〕かわいていたときに飲ませ,〔霊的に〕旅人であったときに宿を貸し〔た。〕……』

そのとき,正しい者たちは答えて言うであろう,『主よ,いつ,わたしたちは,あなたが〔霊的に〕空腹であるのを見て食物をめぐみ,〔霊的に〕かわいているのを見て飲ませましたか。』

すると,王は答えて言うであろう,『あなたがたによく言っておく。わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者のひとりにしたのは,すなわち,わたしにしたのである。』」(マタイ25:34-35,37,40

では,だれを一緒に連れて来ればよいのでしょうか。第一に,機会を与えられたすべての人は,結婚し,伴侶と家族を連れて来なければなりません。これが皆さんに与えられた第一の責任です。家族は天の組織だからです。

この責任を正しく理解するには,目先のことではなく,はるか将来のことに目を向ける必要があります。義にかなった家族を育てることによってもたらされる霊的な結果は,わたしたちの後に続く世代に目を向けるとき,また,わたしたちの孫,曾孫,さらにはその後に続く世代に目を向けるときに初めて理解することができます。サレンバーガー機長は,乗客の命を救ったとき,この原則を理解していました。彼はこう言っています。「あの便に乗っていた154人は,わたしには理解できないほどの良いことを成し遂げることでしょう。また,彼らの子供,孫,そしてこれから生まれてくるはずの曾孫は,わたしには想像できないほどの社会的貢献をすることでしょう。」9

霊的に家族を備えることが何世代にもわたってどのような結果をもたらすのか,皆さんにお話したいと思います。

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ヘンリー・アーライン

ヘンリー・アーラインは1841年から1919年にかけて生きていた人です。1898年,57歳のときに,彼は合衆国のフロリダ州にあった学校の宿舎で宣教師が福音を宣べ伝えるのを聞きました。彼は妻にこう言いました。「この年になって初めて,真理を聞いたよ。」彼と彼の家族はバプテスマを受けました。数年の後,彼らは汽車でユタ州へと旅をしました。3,000キロ以上に及ぶ旅でした。神殿で結び固めの儀式を受けるためでした。彼はフロリダに戻り,残りの生涯にわたって,信仰を守り通しました。

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ソフロニア・アーライン・ウィリアムズ

彼の娘はソフロニア・アーライン・ウィリアムズ,そして息子はジェームズ・バーナード・ウィリアムズでした。バーナード・ウィリアムズは,マーサ・エーマンという若く美しい女性と出会いました。彼女は教会について熱心に学び,確固たる証を築き,バプテスマを受けました。

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ジェームズ・バーナード・ウィリアムズとマーサ・エーマン・ウィリアムズの結婚写真

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ジェームズ・ウィリアムズ,マーサ・ウィリアムズ家族の写真。右端が幼少時のキャシー・ウィリアムズ・アンダーソン姉妹。

結婚してから8年後,彼らは3人の子供とともにソルトレーク神殿で結び固めを受けました。彼らの末娘はキャシー・ウィリアムズといいますが,何年もたって,わたしは彼女にBYUでめぐり合い,自分の妻になってくれるよう懇願しました。わたしたちには4人の子供と13人の孫がいます。

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ニール・L・アンダーセン,キャシー・アンダーセン夫妻の家族写真

キャシーの徳高い母親に,また教会に入り,残りの生涯にわたって信仰を守り抜いた高潔な曽祖父に,わたしは永遠に感謝するでしょう。この二人が現世で互いに知り合う機会は一度もありませんでした。生きていた時代が違うからです。しかし,二人は主の大義にあって機長なのです。自らの霊的な選択によって,わたしたちの家族を自分たちとともに連れてくるという役割を果たしてくれたからです。

確かに,現世で結婚の機会がない人もいます。しかし,永遠の世界で,そのような祝福を願う義人には永遠の伴侶が約束されています。結婚していない人も,主の大義を導き,人々を自分たちとともに連れてくるという点で,貢献することができます。前回の総大会で,中央扶助協会会長会で顧問を務める独身のバーバラ・トンプソン姉妹は次のように語っています。

「高校を卒業したときのわたしの目標は,……大学に通い,すてきな男性と結婚し, 4人のかわいい子供を産むことでした。……

御存じかもしれませんが,わたしの目標の多くは思い描いていた形では実現しませんでした。わたしは大学を卒業し,伝道に出て,就職し,さらに高い教育を受けて……,仕事をずっと続けてきました。ところがすてきな男性に出会うことも,結婚することも,子供を産むこともありませんでした。

教会員ではない職場の同僚が『なぜ結婚や家族をそれほど強調する教会に行き続けているの』と聞いてきました。わたしは簡潔に『真実だからよ』と答えました。……教会とイエス・キリストの福音が生活にあることによって幸福を見いだし,救い主が望んでおられる道を歩んでいると確信できました。」

彼女は独身でありながらも周囲の人々に霊的に影響を与える一つの方法について語っています。「わたしは何年もの間,若い女性で奉仕する機会がありました。それによって,証を求めて努力しながら神が定められた方法で成長しようとしている若い女性を教え,証を述べる機会を享受していると感じました。」10

25年前,トンプソン姉妹はシェリー・ニールソン姉妹のローレル・アドバイザーでした。シェリー・ニールソン姉妹は,現在,結婚してシェリー・ニールソン・セーガー姉妹になっていますが,ローレルクラスの生徒だった時代から20年以上たった今,トンプソン姉妹に感謝し,次のような手紙を書いています。

「わたしは朝5時15分に起きて,あなたのことについて,また,あなたがわたしの人生に与えてくれた影響について考えました。

……あなたはわたしたちのことを優先してくれました。わたしたちのことをほんとうに……気遣い愛してくれました。あなたと一緒にいるといつも楽しかった……何よりも大切なこと,それはあなたにイエス・キリストに対する力強い証があるということをわたしたちが知っていたということです。」11

セーガー姉妹には今,5人の子供がいます。トンプソン姉妹の良い影響力は,永遠にセーガー姉妹とその子孫に及んでいくことでしょう。

主はこう言われました。

「人の価値が神の目に大いなるものであることを覚えておきなさい。……

あなたがたはこの民に悔い改めを叫ぶことに生涯力を尽くし,(悔い改めを叫ぶというのは,簡単に言えば,人が神に立ち返るよう助けるという意味です)一人でもわたしのもとに導くならば,わたしの父の王国で彼とともに受けるあなたがたの喜びはいかに大きいことか。

さて,……一人の人とともに受けるあなたがたの喜びが大きいならば,もし多くの人をわたしのもとに導くとすればその喜びはいかに大きいことか。」(教義と聖約18:10,15-1612

周囲の人々,まず伴侶,次に家族,それからその他の人々に注意を向け,彼らを霊的に高め,信仰を確固として持ち続けられるよう助けるときに,何世代もの人々を救い,自らの永遠の行く末を確かなものとしているのです。

ルシアーノ・カスカルディは,ブラジル・サンパウロ・イピランガステークの会長です。ブラジルのサンパウロで家族がバプテスマを受けたとき,カスカルディ会長は6歳でした。カスカルディ会長は,去年の10月に,合衆国を訪問しました。40年前に彼の家族を教えた宣教師を探すためです。一つだけはっきり知っていることがありました。宣教師の下の名前は「長老」だったのです。

数々の奇跡によって,カスカルディ兄弟はその宣教師,ラリー・ウィルソン兄弟を見つけました。北カリフォルニアに住む強い教会指導者です。ウィルソン兄弟にあてて書かれた手紙の中で,カスカルディ会長は,自分の宣教師を見つけることは長年行方不明になっていた父親を探すことにも匹敵すると述べています。それから,40年前に芽を出し,それ以来,増え続け,多くの人の人生に影響を与えた霊的な種子について,カスカルディ会長は,次のように語っています。「一個のリンゴの中に種が幾つあるか数えられても,一粒の種の中にリンゴが幾つあるかは数えられません。」13

伝道に出なくても人を強め高めることはできます。モンソン大管長は周囲の人々に手を差し伸べ,救い出すよう教えています。モンソン大管長が若いビショップとして,教会に出席していない会員に手を差し伸べた話を覚えていますか。

トーマス・S・モンソン大管長はこう言いました。

「ビショップに召され,自分が祭司定員会の会長であると知ったとき,祭司の全員に参加してほしいと思いました。でも一人来ていない子供がいました。そこで,活発な子供のレッスンはアドバイザーに任せて,わたしはリチャードを探すことにしました。彼の家に行くと,両親から彼が自動車整備店で働いていることを知らされました。

「そこに行ってみるとドアは開いているのにだれもいません。あちこち探しながら車の後ろに回ると,車の下にもぐりこんで作業するための穴があるのに気づきました。

暗い穴に目を凝らすと,二つの目がこちらを見ています。「見つかっちゃいました。今,出ます。」リチャードはそう言うと,穴から出てきました。

しばらく話してから,「君が必要なんだよ。君は人と接するのがうまい。すべての祭司に出席してほしいんだ。教会に来てくれないか」と誘うと,「行きます」とこたえて,ほんとうに来てくれました。

後年,リチャード・カストーは,その出来事の後,どうなったかを話しています。

「その後わたしは伝道に出,神殿で結婚して5人のすばらしい子供がいます。そのうち2人は伝道に出ました。わたし自身もビショップを2度務めました。子供たちも妻も,わたしを助けてくれたモンソン長老をこよなく愛しています。あのときのことは,わたしにとっての最大の祝福の一つでしょう。」14

2009年10月の総大会で,モンソン大管長は次のように語っています。「救い主が言っておられるのは,自分を捨てて人に奉仕しなければ,自分自身の人生の目的などほとんどないということだとわたしは信じています。自分のためにだけ生きる人は,ついには枯渇してしまい,比喩的に言えば,命を失ってしまいます。一方,自分を捨てて人のために奉仕する人は,成長し,繁栄して,実際に自分の命を救うのです。」15

皆さんは主の大義にあって機長でなければなりません。無事に帰還し,多くの人を一緒に連れてくるという特別な召しを与えられているのです。

希望の輝きを持って堪え忍ぶ

最後に個人的な経験を話します。これもまた飛行機の話です。

昨年の11月9日,わたしは妻のキャシーとグアテマラからの帰途に就きました。フロリダ州マイアミで乗り継ぐことになっていました。大切な約束があり,絶対にマイアミからの飛行機に乗らなければなりませんでした。午前8:55発マイアミ行きに乗るために,その日の朝早くに,グアテマラのアンティグア郊外にあるホテルを出ました。グアテマラ市内に入ると,道路はいつになく渋滞していました。時間通り空港に到着できるかどうか不安になりました。空港には,ぎりぎりで間に合うという時刻に到着しました。

急いで入国管理局を通過し,出発ゲートに向かいました。ゲートに着いたときに,飛行機は1時間半たたなければ出発しないと知らされました。悪天候で前日の夜遅く到着したため,パイロットや乗務員はしばらくの間休憩する必要があったのです。この遅れがあって,マイアミで乗り継ぎができるかどうか心配しました。1時間半後に搭乗しましたが,ゲートから離れた後で,操縦室のコンピューターが正しく作動していないことを知らされました。そのためさらに40分遅れることになりました。わたしたちは深いため息をつき,果たして乗り継ぎ便に間に合うことができるだろうかと思いました。

飛行機は比較的早くマイアミに到着しました。マイアミに到着したのは,乗り継ぎ便が出発する予定時刻のわずか30分前でした。30分では時間的に無理かと思いましたが,やってみることにしました。必死で走りました。驚いたことに,入国管理局にはほとんど人が並んでいませんでした。次にわたしたちは合衆国税関の方に進みました。わたしたちが後ろに引きずっている荷物が検査の対象にならないよう静かに祈りました。祈りはこたえられました。空港モニターに目をやると,搭乗ゲートはD-3と書かれてありました。Dターミナルに駆けつけたわたしたちを待っていたのは,骨の折れる手荷物検査でした。靴を脱ぎ,液体類をビニール袋に入れ,ノートパソコンを荷物から取り出しました。金属探知機を通るとき,セキュリティーモニターのブザーが鳴らないように祈りました。

セキュリティチェックが終わった時点で,出発予定時刻まで10分しかありませんでした。もう一度モニターを見上げたときに愕然としました。見間違っていたのです。飛行機の出発ゲートはD-3ではなくて,E-3でした。違うコンコースに来ていたのです。わたしたちは息を切らせていました。飛行機の扉は恐らくもう閉まっていることでしょう。ゲートまでは何百メートルもありました。あきらめようかとも思いました。しかし,互いに励まし合い,最後まで頑張りました。すぐ後ろに荷物を引きつつ走り出したのです。E-3搭乗口へと続く角を曲がったとき,わたしたちの名前を呼ぶアナウンスが聞こえました。まさに奇跡でした。扉はまだ開いていました。間に合ったのです。

皆さんの霊的な行く末にも,障害物や遅れ,機材の故障はあるでしょう。間違いもあるでしょう。やり遂げられるかどうか不安になることもあるでしょう。でも,落胆しないでください。扉が開き,障害が克服され,希望や信仰が持てることもあるからです。継続し,頑張り抜いてください。とりわけ,キリストを信じ,キリストと預言者に従い,ニーファイが語ったように,「希望の輝きを持ち」(2ニーファイ31:20)堪え忍ぶことを学んでください。そうするときに,皆さんはいつの日かきっと,皆さんの名前を呼んでおられる主の声を聞くことでしょう。やり遂げることができるのです。

天の御父は生きておられます。わたしたちはその息子,娘です。イエス・キリストは救い主,贖い主であられます。預言者ジョセフ・スミスを通して御自身の福音を回復されました。モンソン大管長は主から召された現代の預言者です。皆さんが自らの霊的な行く末に備えるときに,皆さんを待つ天のあらゆる祝福が皆さんのものとなりますように。イエス・キリストの御名によって,アーメン。

© 2010 Intellectual Reserve, Inc. 版権所有。英語版承認:2009年5月,翻訳承認:2009年5月。PD50018081 300

Notes

1. ウィリアム・ワーズワース,「幼年時代を追想して不死を知る頌」『ワーズワース詩集』岩波文庫,田部重治訳,167

2. ダリン・H・オークス長老「人に幸福を与える偉大な計画」『聖徒の道』1994年1月号,81参照

3. チェスリー・「サリー」・サレンバーガー,ジェフリー・ザズロー共著,Highest Duty: My Search for What Really Matters (2009年),5,-10参照

4. サレンバーガー,Highest Duty, 93, 95

5. サレンバーガー, Highest Duty,188

6. サレンバーガー,Highest Duty, 119-20

7. ハワード・W・ハンター, Conference Report, 1965年4月, 58

8. サレンバーガー,Highest Duty, 286

9. サレンバーガー,Highest Duty, 264

10. バーバラ・トンプソン「透き間に注意」『リアホナ』11月号,119

11. シェリー・ニールセン・セーガー姉妹からバーバラ・トンプソン姉妹あての個人的な手紙,2007年4月2日付。

12. ニール・L・アンダーセン,「わたセーガーあなたがたを癒すことができるように,……悔い改めなさい」『リアホナ』2009年11月号,40-43参照

13. ラリー・ウィルソンからの個人的な手紙,2009年11月14日付,およびルシアーノ・カスカルディからウィルソン家族への電子メールのメッセージ,2009年10月9日付

14. 『主の用向きを受けて』(DVD,2008年)から抜粋

15. トーマス・S・モンソン「今日われ善きことせしか」『リアホナ』2009年11月号,85

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