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恐怖,勝利,そして婚礼の祝宴

教会教育システム衛星放送――2004年9月12日
ジェフリー・R・ホランド

ジェフリー・R・ホランド話者がだれか知っていながらも,集ってくれた皆さんに感謝します。皆さんの前で話せるのは喜びです。これだけ多くの人がどこから集まったのでしょう。(もちろんこたえなくてけっこうです。その時間はありませんから。)また,皆さん全員の顔を見ることはできませんが,世界各地で衛星放送を通じて参加している約8万人のすばらしい人々も忘れていません。皆さんを歓迎します。皆さんの出席と,話をするよう招待してくれたことを感謝します。

今晩,ホランド姉妹は欠席しています。妻もどれほど出席したかったことでしょう。彼女は今,娘夫婦に誕生したばかりの孫娘の面倒を見るためにテキサス州ヒューストンにいます。ヒューストンにいる人は,会場の後ろのほうをゆっくり振り返るなら,小柄ですてきなおばあちゃんが,インスティテュートの生徒のふりをして後ろの席に隠れているかもしれません。わたしは妻がとても若く見えることを十分知っています。でも兄弟の皆さん,お願いしますよ,彼女はもう結婚しているんです。すぐ側にいるときと同じように,妻が今晩も力になってくれることを感謝します。妻の愛を皆さんに届けます。彼女が欠席するのは,このように祖母としての務めがあるときだけです。「エルマナ ホランド テ アモ。」(ホランド姉妹,愛していますよ。)

御存じのように,ホランド姉妹とわたしは,チリでの2年間の責任を終えて帰ってきたばかりです。地球の反対側,教会本部からはるか離れたチリにいたときは,今夜の皆さんのように,ステークセンターでヤングアダルトやインスティテュートの生徒たちとともに衛星放送の集会に出席して,同じように主の御霊と指導者の愛を感じていました。特に,皆さんのような世界中の同年代の人たち,同じ信仰を持ち,満ち足りて幸せな将来を同じように求める人たちとの連帯感を感じました。

今晩,チリの若い友人たちのことを思っています。そして同じように,イギリスやフランス,韓国,日本,オーストラリア,ナイジェリア,ウクライナ,そしてもちろん北アメリカの各地で集っている世界中の皆さんのことを思っています。皆さん「ビエンベニドス」。話す言葉は違っても,皆さんを歓迎します。そして皆さんを愛していることを知ってください。この壮大な数は大きな力です。主の御霊と祝福がともにあるよう祈っています。また,今晩話すことが,皆さんにとって多少でも価値のあるものとなるよう心から願っています。

テロ

今晩話したいのは,世界中に広がり続ける不安と,国内外でわたしたちが直面している幾つかの問題についてです。もちろん,年代や神権時代を問わず常に問題はありました。しかし3年前の昨日,9月11日に,世界中を震駭( しんがい)させたあの過激で想像を絶する事件が起きました。あの事件は多くの面で,現代の生活に劇的な変化を恐らく永久に及ぼしました。そして3年がたった今でも,わたしたちはまだ現代に対する恐怖と不安を抱えています。

わたしたちの隣人やこの放送を視聴しているすべての人々は,2001年9月11日を境に,不安におののいています。そして世界中の出来事や現実味を帯びた「テロ」という言葉の乱発に恐れを募らせ,警戒を強めているのです。つい数年前まで,「テロ」という言葉は,B級映画の宣伝文句かスティーブン・キングの小説にしか使われませんでした。悲しいことにそれが今では毎日新聞に載り,多くの人が口にし,ロシアの学校の子供たちを含む幼い子供たちでさえ,自分の住むこのすばらしい世界が「テロリスト」と呼ばれる人々の野蛮で残忍な影響を受けかねないことに気づき,つらい気持ちを抱いています。自然やそのほかの災害についても聞きます。それらはニュースで報じられ,人生はもろく,悲惨な出来事をもたらすこともあると思い出させます。

末日

このような状況にあって,多くの皆さんが心の中で,これらのできごとが末日とその時代に生きる自分の人生とのかかわりの中でどのような意味を持っているのだろうかと思いめぐらしていることでしょう。多くの人がこう尋ねます。「救い主の再臨とそれに伴って預言されている事柄が起こるときが来たのでしょうか。」実際,9・11の事件後しばらくして,ある宣教師から質問を受けました。彼は率直かつ誠実にこう尋ねました。「ホランド長老,終わりの時が始まったのですか。」その真剣な表情と不安げな目を見て,わたしは彼を安心させたいと思いました。気のきいた表現で彼の不安を少しでも軽くできるのではないかと思い,肩に手をまわしてこう言いました。「長老,わたしは世界でいちばん賢いわけではありませんが,教会の名前は知っていますよ。」そして「末日」聖徒であるということがどういうことなのか話しました。「長老,確かにわたしたちの生きている時代は末日です。でも,それは今に始まったことではないのです。約束された救い主の再臨は,1820年,預言者ジョセフ・スミスの最初の示現から始まりました。ですからわたしたちは,再臨と末日の現れを,すでに184年も見ているのです。確かにこの時代は末日です。しかもそれは何年にもわたって続く時代なのです。」そして親しみを込めた握手をして,わたしはその宣教師を送り出しました。

彼は微笑んでいました。その意味を自分なりに理解して,前より安心したようでした。その長老もずいぶん前に立派に伝道を終えて,今は故郷で幸せな生活を送っていることでしょう。もしかしたらこの会場のどこかで伴侶になる人を探しているかもしれません。(きっとそうでしょう。)

わたしはこの青年の質問の意味をきちんと理解しています。彼が言いたかったのはこうです。「わたしは伝道を終えられるでしょうか。教育を受ける意味がありますか。結婚に希望が持てますか。将来はあるでしょうか。幸福になれますか。」3年前に彼に言ったことを皆さんにも伝えます。「すべての答えは『はい,もちろん』です。」

再臨そのものを最終的に人々が目撃し,地を振るわせるような出来事がいつ起きるのかは,わたしには分かりません。ゴードン・B・ヒンクレー大管長も,その時がいつ来るのかは分からないと言いました。それを知っている人はだれもいないからです。天の御使たちでさえ知らないと,救い主は言われました(マタイ24:36)。

わたしたちは時のしるしに注意し,その意味を見極めなければなりません。また,できる限り忠実な生活を送り,人々が祝福を受けて守られるよう,すべての人に福音を宣べ伝えなければなりません。しかし,再臨とそれに伴う事柄がいつかあるからといって,恐怖で動けなくなるようなことがあってはなりません。人生を無為に過ごしてはなりません。それどころか,今まで以上に有意義な生活を送らなければなりません。なぜなら今こそが時満ちる時代なのですから。

わたしがこのことについて話すのは,最近,9・11の事件以降のことですが,先ほどの宣教師が感じたのと同じ疑問に関して,皆さんと同年代の人々からたいへん恐ろしい,非常に否定的な意見を聞かされたからです。世の中が不安定になる中で,伝道に出て,教育を受け,就職に備える目的などあるのか悩む声や,恋人たちが,「こんな不確かな時代に結婚すべきかどうか分からない」とさえ言うのも聞きました。

何よりも驚いたのは,新婚夫婦の中に,末日の大異変を直前にした恐怖に満ちた世の中に子供たちを生み出すべきかどうか疑問に思っている人たちがいるという報告を受けたことです。ある意味で,アルカイダよりこのような態度のほうがわたしは心配です。

将来について思い悩んでいる皆さんに,二つだけお伝えしたいことがあります。愛情を込めて,心からお伝えします。

第1に,どのような時代や状況にあっても,恐怖と恐怖の父(サタン)が,私たちを信仰と忠実な生活からそらすにまかせてはなりません。将来への疑問は常にありました。いつの時代であっても,若い人たちや若い夫婦は信仰を持って,常に不確定な未来に踏み出して行かなければなりませんでした。それはエデンの園から頼りなげに一歩を踏み出したアダムとエバから始まりました。でも,それでいいのです。それが計画です。大丈夫です。ただ忠実であってください。神が責任を持ってくださいます。神は皆さんの名前と必要なものも御存じです。

主イエス・キリストを信じる信仰,これは福音の第一の原則です。K・ニューエル・デーリーが昔の開拓者を記念して作った賛美歌にあるように,わたしたちは「信仰を込めて一歩ずつ」1 開拓者のように常に前進しなくてはなりません。一歩,また一歩,前進するのです。これこそが務めを果たし,目標を達成し,辺境の地を開拓する方法です。より神聖な言葉で表すなら,こうして世界は創造され,皆さんの世界が創造されるのです。

神は皆さんが,強い信仰と決意と神への深い信頼を持って,絶えず前進し人生を切り開き喜びを勝ち得るよう期待しておられます。実のところ神は,皆さんが単に将来に立ち向かう(これは随分厳しく聞こえます)のではなく,将来を喜んで受け入れ,みずから形作る よう望んでおられます。人生を愛し喜びとし,この機会を楽しみとするよう望まれているのです。

神は今までと同じように,皆さんの祈りにこたえ,夢をかなえたいと願っておられます。しかし皆さんが祈らなければ,また夢を描かなければ,神はそうおできにはなれません。つまり皆さんが信じなければ,それは不可能なのです。

子供たちに夜寝る前に読んであげた物語の主人公の中から,みなさんは自分自身の姿を選ぶことができます。わたしたちは,チキンリトルのように走り回りながら「お空が落ちてくるよ」と叫ぶこともできます。また,小さな赤いニワトリのように,力を貸してくれる人や信条を同じくする人がいるかいないかにかかわらず,仕事を着実に進めることもできるのです。

農場の話はこれくらいにして聖句を二つ読みましょう。どちらも危険な時代に生きる人々に向けられています。

最初の聖句は,教義と聖約101章からです。御存じのように,この啓示はミズーリ州に集結した聖徒たちがひどい迫害に苦しんでいるときに与えられました。最も迫害が激しかったときです。暴徒に家を追われ,敵意や憎悪が,郡から郡へと避難する聖徒たちをどこまでも追って来ました。おびえる聖徒たちは土地や家畜,衣服,家具,作物など,多くの個人の財産を失いました。毎日のように死の恐怖にさらされました。このころが教会にとって最も困難で危険な時期,つまり「恐怖に満ちた」時期だったと言ってもよいでしょう。後に「ハウンズミルの虐殺」や「リバティーの監獄」といった言葉は,わたしたちにとって永遠に忘れることができないものとなりました。

しかし,このように恐怖に満ちたときでさえ,主は民にこうおっしゃいました。

「シオンについて心に慰めを得なさい。すべての肉なるものはわたしの手の内にあるからである。安らかにしていて,わたしが神であることを知りなさい。

シオンの子らが散らされても,シオンがその場所から移されることはない。

生き残っている心の清い者は帰って来る。彼とその子孫は,シオンの荒れた所を築き上げるために,永遠の喜びの歌を歌いながら,彼らの受け継ぎの地にやって来るだろう。

すべてこれらのことが起こるのは,預言者たちの述べたことが成就するためである。」(教義と聖約101:16-19)

若い友人の皆さん,シオンについて心に慰めを得てください。シオンの最も基本的な定義が「心の清い者」(教義と聖約97:21)であることを忘れないでください。心を清く保つなら,皆さんと皆さんの子供,孫たちも永遠の喜びの歌を歌いながらシオンを築き上げ,その場所から移されることはありません。

もう一つ取り上げる聖句は,十字架の刑を目前にした救い主が,恐怖と混乱と迫害に直面している弟子たちに与えられた言葉です。困難な時代について語っておられます。御自身と弟子たちに何が待ち構えているかよく御存じだった主は,地上における最後の勧告を弟子たちにお与えになりました。「これらのことをあなたがたに話したのは,わたしにあって平安を得るためである。あなたがたは,この世ではなやみがある。しかし,勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝っている。」(ヨハネ16:33)

艱難の世にあって,しかも絶え間なく押し寄せる多くの艱難の中にあって,信仰を忘れないようにしましょう。安心を与える約束と預言がほかにも 与えられていることを思い出してください。どの時代にもなかったほどもっと大胆に,勇気をもって懸命に人生を送りましょう。

キリストはこの世に打ち勝ち,荒れ野の道を真っ直ぐにしてくださいました。現代のわたしたちにも言われました。「腰に帯を締めて,備えなさい。見よ,王国はあなたがたのものであり,そして敵は勝利を得ないであろう。」(教義と聖約38:9)腰に帯を締めましょう。元気に楽しく永遠の喜びの歌を歌いましょう。

勝利

このことは,わたしたちの生きている時代についてわたしが話そうとしていることと密接な関係があります。不安にかられているときには(あの若い宣教師のように)教会の名称の「末日」という部分だけに注目しがちです。

しかし今晩わたしは,この名称の「聖徒」の部分に焦点をあてるよう申し上げます。教会の名称で,わたしたちが注目するように求められているのはこの部分です。享受している祝福を考えてみてください。どんなにすばらしい時代に生きているか,経済,教育,科学,そして霊的な祝福を考えてみてください。それは歴史上のどんな時代も,どんな人たちも経験しなかった祝福です。そして改めて,自分たちの時代にあってふさわしく生きるという責任についてよく考えてください。

大いなる神権時代

わたしたちは,人類に与えられた最も大いなる福音の神権時代に生まれてきたのです。そしてその条件を最大限に活用する必要があります。

これは,わたしが好きな預言者ジョセフ・スミスの言葉です。「シオンを築き上げることは,あらゆる時代の神の民が関心を示してきた大義である。預言者,祭司,王たちは,特にこのテーマについて語るのを喜びとした。彼らはわたしたちの時代を楽しみに待ち望んでいた。天からの喜びの訪れに胸を躍らせ,この時代を詩や歌にし,文章に表し,また預言した。……わたしたちは神から末日の栄光をもたらすように〔選ばれた〕,恵まれた民である。」2

次にウィルフォード・ウッドラフが1894年に述べた同様の言葉を読みましょう。ウッドラフ大管長が直面した過酷な状況について改めて言う必要はないでしょう。当時この西部の地は,詳細の違いはあれ,ほとんど先ほどのミズーリの状況と同じように恐怖に満ちていたことでしょう。預言者は隔離され,使徒は牢に入れられ,(大管長の言葉を借りるなら)国中がこの民に敵対し,教会に戦いを仕掛けてきているという恐怖でいっぱいでした。3

しかし,大管長はこう言ったのです。「全能の神がこの民とともにおられます。自らの務めを果たし,神の戒めを守るならば,必要な啓示はすべて必ず与えられるのです。……わたしは……命のあるかぎり,自らの務めを果たしたいと思います。末日聖徒に自らの務めを果たしてほしいと思います。……〔彼ら〕には偉大ですばらしい責任が課せられています。神とすべての聖なる預言者の目がわたしたちに注がれています。わたしたちは世界の創造以来,常に語られてきた大いなる神権時代に生きています。わたしたちは……神の力と戒めによって……集合しています。神の業を行っています。さあ,召しを果たそうではありませんか。」4

最後は,チャレンジに満ちたこの時代にわたしたちを導いている現代の預言者,ヒンクレー大管長の言葉を見てみましょう。今年4月の総大会で心打つウッドラフ大管長の説教を引用した大管長はわたしたちすべてに言いました。

「この世代に生きるわたしたちは,すでに過ぎ去った全人類の最後の収穫です。ただ単にこの教会の会員として名を連ねるだけではs十分です。厳粛な義務が課せられています。この義務を正面から受け入れ,取り組もうではありませんか。

すべての人を慈しみ,キリストに真に従う者として生活し,悪に対して善で報い,模範によって主の道を教え,主が示された広範にわたる奉仕の業を達成しなければなりません。

過去のすべての危険な時代を経てもたらされた,光と理解,そして永遠の真理という栄光に満ちた賜物にふさわしい生活を送ることができますように。これまで地上に生きたすべての人の中で,何らかの理由があって,わたしたちはこの特異な驚嘆すべき時代に生を受けました。常に感謝しましょう。そして何より忠実であってください。」5

これら3つの引用で興味深いのは,それぞれの時代の預言者が焦点を当てていたのは,自分たちの時代の恐ろしい出来事でも,末日に関する不吉な事柄でもないということです。預言者たちが語ったのは機会と祝福,そして何にも増して責任です。すべてのうちで最も大いなる神権時代にわたしたちに与えられた特権を享受するという責任です。わたしは,預言者ジョセフ・スミスが昔の預言者,祭司,王たちについて語った言葉が好きです。「彼らはわたしたちの時代を楽しみに待ち望み,この時代を詩や歌にし,文章に表し,また預言した。」彼らが楽しみに待ち望んでいたものとはいったい何でしょうか。彼らが恐怖や悲劇に気を取られていたのではないことは確かです。ウッドラフ大管長は言いました。「神とすべての聖なる預言者の目がわたしたちに注がれています。わたしたちは世界の創造以来,常に語られてきた大いなる神権時代に生きています。」6 ヒンクレー大管長の言葉を繰り返させてください。「過去のすべての危険な時代を経て,……これまで地上に生きたすべての人の中で,何らかの理由があって,わたしたちはこの特異な驚嘆すべき時代に生を受けました。常に感謝しましょう。そして何より,忠実であってください。」

これらの言葉を聞いて皆さんがどう感じたか分かりませんが,現代に対する不必要な心配は突然消え去り,わたしは謙遜になり,霊的な喜びを覚え,与えられた機会に意欲がわくのを感じました。神はご自分の世界,教会,そして指導者を見守っておられます。また確かに皆さんを見ておられます。「心の清い者」,忠実な者となりましょう。皆さんはなんと祝福されることでしょう。皆さんの子供や孫たちはなんと幸せになるでしょう。

考えてみてください。ほとんどの場合,わたしたちの親も含めて福音が存在した過去の時代の人で,わたしたちほどの祝福を受けた人はいません。

福音の光を薄暗い世に携えて行くために,どれほど多くの助けが与えられているか考えてみてください。現在,約5万5,000人の宣教師がいます。これは時の初めから世界の歴史を通して,どの時代よりもはるかに多い人数です。そして2年ごとに同じ数の宣教師が,先に出ていった者と入れ替わるのです。しかし宣教師はもっと必要です。およそ170か国に教会員がいて,聖典は100以上の言語で出版されています。

6,000年以上も前,旧世界には神殿が一つしかなく,(それは2,3度建て直されましたが,常にエルサレムのモリヤ山に建てられました。)モルモン書の時代には2つか3つの神殿しかありませんでした。しかし現在,わたしたちは,いくつあるのか把握するのも難しいほど急速に神殿が増えている時代にいます。数分前まで,儀式を執行している神殿は119ありました。さらに,これから建設が発表される神殿,また建築中の神殿もあるはずです。

コンピューターの奇跡もあります。家族歴史をまとめ,死者の救いの儀式を計画的に行う大きな力です。さらに,近代的な交通手段を加えましょう。おかげで大管長会,十二使徒やそのほかの中央幹部が世界中を回り,あらゆる場所のすべての聖徒に直接主に対する証を述べられるようになりました。出かけて行けない所にも,聖典が述べているように,今晩利用しているような衛星放送を使ってメッセージを「送る」ことができます(教義と聖約84:62)。

教育,科学,技術,通信,交通,医療,栄養,啓示など,わたしたちを取り巻くあらゆるものを加えてみてください。天使モロナイが旧約の預言者ヨエルの言葉を引用して,少年ジョセフに何度も語ったことの意味が分かってきます。すなわち神は末日に,「すべての肉なる者」に御霊を注ぎ,全世界と全人類は,イエス・キリストの福音を回復する業の一部としてなされるあらゆる分野の努力に注がれる光によって祝福を得るのです(ヨエル2:28,強調付加。ジョセフ・スミス歴史―1:41も参照)

この神権時代に与えられたすべての祝福について考えると,わたしたちは立ち止まり,天の御父に対して「わが主よ,わが神」7 と言わずにはいられません。

預言者ジョセフ,ウッドラフ大管長,ヒンクレー大管長が語った昔の神権時代と当時の指導者,家族,人々について,わたしには持論があります。わたしは過去の時代を生きた彼らについて,また彼らに迫っていた破滅的な状況について何度も考えました。彼らは非常に困難な時期を過ごし,ほとんどの面で成功しませんでした。人類の歴史上のどの時代も最後には背教と暗黒がやって来ました。実際,福音が末日に回復されたのは,過去の時代では福音を存続させることができず,この最後の勝利の時代に達成するしかなかったのです。

アブラハムの子孫が昔も今も直面している困難を知っています。また,モーセがイスラエルの民に関して抱えていた問題を知っています。彼らはエジプトを脱出しても,なかなかエジプトの影響から逃れることができませんでした。預言者イザヤはイスラエルの10部族が北の地に消えるのを見ました。エレミヤ,エゼキエル,ダニエルは囚われていたころの預言者でした。新約聖書の偉大な人物,ペテロ,ヤコブ,ヨハネ,パウロは皆,彼ら自身が生きている間に背教が世に忍び込んでくるのを見ました。しかもそれは救い主がこの世を去る以前から始まっていました。モルモン書の預言者たちのことを考えてください。その時代はモルモンとモロナイが交わした悲痛な言葉とともに終わりを迎えました。状況は悲惨で,二人が愛した民は混沌と恐怖,腐敗に陥っていきました。

つまり,どんな形であれ,背教や滅亡が,これまでのすべての神権時代の最終的な結末でした。これはわたしの持論ですが,わたしの考えでは,過去の時代の善良な男女や指導者が前進し,証を述べ,最善を尽くし続けることができたのは,自分たちが成功することを知っていたからではなく,皆さんが成功することを知っていたからです。彼らは自分たちが置かれた状況からではなくむしろ皆さんから,すなわち今晩集まった世界中の何十万というヤングアダルトからもっと大きな勇気と希望を得ていたと確信しています。福音が広まり,勝利を収めるために力を尽くすと決意して集まったすばらしい会衆です。

モロナイはかつて,末日に彼の記録を受け取ることになるわたしたちにこう語りました。

「見よ,これらのことがあなたがたの中に起こるその時代に,間もなく必ず出て来るものについて,主は大いなる驚くべきことをわたしに示してくださった。見よ,わたしはあなたがたがここにいるかのように語っているが,あなたがたはまだこの世にいない。            

しかし見よ,イエス・キリストがわたしにあなたがたを見せてくださったので,わたしはあなたがたが行うことを知っている。」(モルモン8:34-35)

ほとんどすべての預言者と昔の使徒たちは,何らかの形で今の時代に関する示現を受けたと思います。そして実り少ない自らの時代にあってその示現から勇気を得たのです。これらの兄弟たちは,わたしたちについて驚くほど多くのこと知っていました。モーセ,ニーファイ,ヤレドの兄弟などの預言者は,末日の様子をかなり詳しく見ていました。喜ばしくないものをも見ましたが,それでも,これら昔の世代の人たちは皆,最後には堕落することのない神権時代が実現することを知って励まされたのです。

天の導きを受けたすばらしい期待を彼らに与え,勝利を歌い,預言させたのは,彼らの時代ではなく,わたしたちの時代でした。総体的に言えば,時の初めから預言者たちが待ち望んでいたのはわたしたちの時代です。そして,昔の兄弟たちはまだ霊界にいてわたしたちを応援しています。彼らがほんとうの意味で自らを成功者と見なせるかどうかは,わたしたちの忠実さと,わたしたちの勝利にかかっているのです。アルマやアビナダイ,ペテロやパウロに代わって,そして彼らが擁護し犠牲を払ったもののために,末日の戦いに出で立つことを思うとうれしくなります。人類史上,これ以上に心躍ることがあるでしょうか。

婚礼の祝宴

この神権時代についてもう一つ付け加えましょう。それはこれまで話したことの帰結とも言うべきものです。現代が最後の最も大いなる神権時代であるという理由から,また,この時代にすべてのものが最終的に頂点に達して成就するという理由から,ある特別な,実に特別な責任がわたしたち教会員にかかってきます。昔の教会員には同じように与えられていなかったものです。

アブラハム,モーセ,イザヤ,エゼキエルの時代の教会だけでなく,新約時代のヤコブやヨハネの教会とも異なり,わたしたちには神の小羊の教会を整えるという責任があります。福千年に勝利の栄光の中で神の小羊を主の主,王の王としてお迎えするためです。この責任を負った神権時代はほかにありませんでした。

聖文の言葉を使えば,わたしたちはすべての歴史を通して,花婿を迎えるために花嫁の準備を整えるよう選ばれた者なのです。そして婚宴に招待されるためにふさわしくなければなりません(マタイ25:1-12;22:2-14;教義と聖約88:92,96)。これがわたしたちの生きている間に来るのか,それとも子供や孫の時代なのか,それがいつであるとしても,わたしたちは教会として,また一教会員として,キリストの訪れを受けてキリストにまみえ,さらにはキリストに受け入れていただき,抱きしめていただけるだけのふさわしさを身につける責任があります。その神聖な時に,ふさわしい人生を送ってきたことを示す必要があるのです。

主に受け入れていただけるようになる

ですから,将来に対して不安を抱いたり,裏庭の防空壕の大きさを心配したりするのはやめましょう。わたし自身は畏敬の念に満たされています。つまり自らの人生を備え(また力の及ぶ範囲で教会の会員を備える)という責任の大きさに圧倒される思いがするのです。長い間預言されてきた日,権能を移譲し,主の教会を主にお返しする日に備えるのです。

これだけははっきりと言えます。キリストが来られるときに主に受け入れていただきたいのなら,主の教会の会員はそれにふさわしい装いと振る舞いを身に付けなければなりません。主の業を行い,主の教えに従って生活する必要があります。主はわたしたちが真の弟子であることをすぐに見分けられるはずです。J・ルーベン・クラーク・ジュニア副管長は以前こう勧告しました。「わたしたちの信仰は見分けにくいものであってはなりません。」8

そうです,大いなる最後のときに自分は信者であると言うのであれば,その信仰を見せなければなりません。羊飼いは御自分の羊を知っておられ,わたしたちはその大いなる日に,言葉だけでなく行いにおいても主に従う者であると知ってもらう必要があるのです。ヒンクレー大管長が次のように言ったのは実にこのためでした。

「〔わたしたち,すなわち皆さんもわたしも,この 時代にあって〕単にこの教会の会員として名を連ねるだけでは不十分です。……キリストに真に従う者として生活……しなければなりません。」9

愛する若い友人の皆さん,そうです,今は末日であり,皆さんもわたしも最高の末日聖徒になる必要があります。どうかこの「聖徒」という言葉を強調してください。

すべてはいつ終わるのでしょうか。キリストはいつ人々の前に勝利者としてその御姿を現され,福千年が始まるのでしょう。すでにお話した通り,わたしには分かりません。分かっていることは,その先駆けとなるできごとが184年前にすでに起きたということです。その結果として最初の示現とそのほかの出来事が続いたのです。わたしたちは前例のない祝福の時代に生きています。忠実に,清い生活を送り,最終的に勝利を持って到着した花婿が,わたしたち一人一人をふさわしい者として婚礼の祝宴に招いてくださるという祝福です。

この末日の時代,皆さんや皆さんの子孫に幸福な将来はあるでしょうか。もちろんです。間違いなくすばらしい未来があります。婚礼の祝宴はすべて喜ばしいものです。末日に関する不吉な警告や預言が成就するときに,困難な時期を迎えるでしょうか。もちろんです。よく備えてください。困難な時期はいつの時もありました。キリストの偉大な岩に建てられた者は風や雹,旋風の鋭い矢に耐えることができるでしょうか。それは皆さんが知っています。御言葉にあるように,主がおっしゃっているのです。「あなたたちは堅固な基であるその岩の上に建てられており,人がその上に基を築くならば,倒れることなどあり得ないからである。」(ヒラマン5:12)

愛する若い兄弟姉妹,わたしの愛と証を残していきます。神は確かに生きておられるだけでなく,わたしたちを愛しておられます。皆さんを愛しておられます。神の業はすべてわたしたちに益と守りを与えるためにあります。世の中には悪や悲しみがありますが,神が悪や危害をもたらされることはありません。神はわたしたちの御父,完全な父親であり,わたしたちを嵐から守ってくださいます。

イエスがキリストであり,神の聖なる独り子であられるだけでなく,確かに生きておられ,わたしたちを愛しておられると証します。イエスの贖いの犠牲の力と効力によってわたしたちも永遠に生きるのです。主は忠実に従う者のために,死と地獄に打ち勝ってくださいました。そして同じように恐怖にも勝利されました。

これは地上における神の教会であり王国です。ジョセフ・スミスは預言者でした。そしてゴードン・B・ヒンクレーは現代の預言者です。真理は回復され,皆さんもわたしも実に幸せなことに,すべての知識と安全を手にすることのできる時代に生まれてきました。

皆さんが自信を持って楽観的に,信仰深く献身的に生活できるよう,わたしの声を通じて使徒としての祝福を一人一人に残します。みなさんが恐れや落胆を感じることなく人生で直面する困難に真剣に立ち向かうように。末日における聖徒としての喜びを感じ,ひどい不安や絶望を味わうことのないよう祝福します。考えてほしいことはただ一つ,どうしたらもっと充実した,もっと忠実な生活を送ることができるかという,実に個人的なことだけです。そうすれば,この大いなる神権時代のあらゆる祝福がわたしたち一人一人と,わたしたちが接するすべての人々に注がれるでしょう。

「小さい群れよ,恐れてはならない。……あらゆる思いの中で〔キリストを〕仰ぎ見なさい。疑ってはならない。恐れてはならない。……あなたがたは……父がどれほどの大いなる祝福を……備えておられるかをまだ理解していない。……しかし,元気を出しなさい。……王国はあなたがたのものであり,その祝福もあなたがたのものであり,また永遠の富もあなたがたのものである。」(教義と聖約6:34,36;78:17-18)

皆さんにわたしの祝福と愛,そしてすべてが真実であるという使徒としての証を残します。イエス・キリストの神聖な御名により,アーメン。

1.「信じ,進まん」『聖徒の道』1997年2月号,22-23

2.History of the Church,第4巻,609-610

3.Wilford Woodruff’s diary,1889年12月31日付,ジェームズ・B・アレンとグレン・M・レナード著,The Story of the Latter-day Saints,第2版,改訂・増補(1992年)420

4.ジェームズ・R・クラーク編,Messages of the First Presidency of The Church of Jesus Christ of Latter-day Saints,全6巻(1965-1975年)第3巻,258。ゴードン・B・ヒンクレー『リアホナ』2004年5月号,83も参照

5.『リアホナ』2004年5月号,84

6.『リアホナ』2004年5月号,85,強調付加

7.「わが主よ,わが神」『賛美歌』44番,強調付加

8.The Charted Course of the Church in Education,改訂版(1994年)3-7参照

9.『リアホナ』2004年5月号,84

 
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