アルマ​(しょ) アルマ​の​(むす)()​アルマ​の​(しょ)

アルマ​が​ギデオン​に​()む​(たみ)​に​()げた​(こと)()。これ​は​アルマ​()(しん)​の​()(ろく)​に​よる。
(つぎ)​の​(だい)七​(しょう)​が​それ​に​(そう)(とう)​する。

第​7​章

キリスト​は​マリヤ​から​お​()まれ​に​なる。キリスト​は​()​の​(なわ)()​を​()き、()()(ぶん)​の​(たみ)​の​(つみ)​を​()われる。()(あらた)めて​バプテスマ​を​()け、(いまし)め​を​(まも)る​(もの)​は、永遠(えいえん)​の​(いのち)​を​()る。(けが)れた​(もの)​は​(かみ)​の​(おう)(こく)​を​()()ぐ​こと​が​できない。謙遜(けんそん)​と​(しん)(こう)()(ぼう)()(あい)​が​(もと)められる。()(げん)(ぜん)(やく)​八十三​(ねん)

  ()よ、わたし​の​(あい)する​同胞(はらから)​よ、わたし​は​あなたがた​の​もと​に​()る​()(かい)​を​()た​ので、わたし​()(しん)​の​(こと)()​で、まことに、わたし​の​(くち)​から​あなたがた​に​​(はな)したい​と​(おも)う。わたし​に​は​あなたがた​の​もと​に​()られない​ほど​(おお)く​の​(つと)め​が​あり、​さばきつかさ​の​(しょく)​に​すっかり​()かり​()り​に​なって​いた​ので、直接(ちょくせつ)​あなたがた​に​(かた)る​の​は​これ​が​(はじ)めて​で​ある。

  また、もしも​さばきつかさ​の​(しょく)​を、わたし​に​()わって​(おさ)める​ほか​の​(ひと)​に​​(ゆず)れなかった​と​したら、わたし​は​この(たび)​も​()られなかった​で​あろう。しかし​(しゅ)​は、(ふか)い​(あわ)れみ​を​もって、わたし​が​あなたがた​の​もと​に​()られる​よう​に​して​くださった。

  また​()よ、わたし​は​あなたがた​が​(かみ)​の​()(まえ)​に​へりくだり、(かみ)​の​(めぐ)み​を​懇願(こんがん)​し​(つづ)けて​いる​こと、あなたがた​が​(かみ)​の​()(まえ)​に​(つみ)​の​ない​こと、ゼラヘムラ​に​()んで​いる​同胞(はらから)​が​(おちい)って​いる​ひどい​()(きょう)​に​あなたがた​が​(おちい)って​いない​こと、これら​の​こと​を​()りたい​と​いう​(おお)きな​()(たい)​と​(ふか)い​(のぞ)み​を​(いだ)いて​やって​()た。

  (かみ)​の​()()​を​ほめ​たたえ​まつる。ゼラヘムラ​に​()んで​いる​同胞(はらから)​が​(ふたた)び​(かみ)​の​()​の​(みち)​に​(かた)く​()って​いる​こと​を、(かみ)​は​わたし​に​()らせて​くださり、まことに​それ​に​よって、()(じょう)​に​(おお)きな​(よろこ)び​を​わたし​に​(あた)えて​くださった​から​で​ある。

  わたし​は、()(ぶん)​の​(うち)​に​ある​(かみ)​の​()(たま)​に​よって、あなたがた​に​ついて​も​(よろこ)べる​で​あろう​と​(かく)(しん)​して​いる。しかし​わたし​は、あなたがた​に​ついて​の​(よろこ)び​が、ゼラヘムラ​の​同胞(はらから)​の​こと​で​(かん)じた​よう​な、ひどい​(くる)しみ​と​(かな)しみ​の​(すえ)​に​()​られる​もの​で​ない​こと​を​(ねが)って​いる。()よ、(かれ)ら​に​ついて​の​わたし​の​(よろこ)び​は、ひどい​(くる)しみ​と​(かな)しみ​に​()え​()いた​(すえ)​に​()​られた​もの​だから​で​ある。

  しかし​()よ、わたし​は、あなたがた​が​同胞(はらから)​の​よう​に​ひどい​()(しん)(こう)​な​(じょう)(たい)​に​ない​こと​を​(かく)(しん)​して​いる。わたし​は、あなたがた​が​(こう)(まん)​な​(こころ)​で​(たか)ぶって​いない​こと​を​(かく)(しん)​して​いる。まことに、あなたがた​が​(とみ)​や​(ぞく)()​の​むなしい​もの​に​執着(しゅうちゃく)​して​いない​こと​を、わたし​は​(かく)(しん)​して​いる。まことに、あなたがた​が​​(ぐう)(ぞう)​を​(れい)(はい)​して​おらず、まこと​の​​()ける​(かみ)​を​(れい)(はい)​して​いる​こと、そして、永遠(えいえん)​の​(しん)(こう)​を​もって、将来(しょうらい)(あた)えられる​()(ぶん)​の​(つみ)​の​(ゆる)し​を​()(のぞ)んで​いる​こと​を、わたし​は​(かく)(しん)​して​いる。

  ()よ、わたし​は​あなたがた​に​()う。将来(しょうらい)(おお)く​の​こと​が​ある。そして​()よ、それら​の​どれ​より​も​(じゅう)(よう)​な​こと​が​一つ​ある。()よ、(あがな)(ぬし)​が​(いのち)​を​()て、()()(ぶん)​の​(たみ)​の​(なか)​に​​()られる​(とき)​は​(とお)くない。

  ()よ、(あがな)(ぬし)​が​()()(ぶん)​の​()す​べき​(まく)()​に​宿(やど)って​おられる​とき​に​わたしたち​の​(なか)​に​()られる​と​は、わたし​は​()わない。()よ、()(たま)​は​その​よう​に​は​わたし​に​()われなかった。(いま)​わたし​は、この​こと​に​ついて​は​()らない。しかし​(しゅ)​なる​(かみ)​が、()()(ぶん)​の​()(こと)()​の​とおり​に​すべて​の​こと​を​(おこな)う​(ちから)​を​お​()ち​で​ある​と​いう​こと、これ​に​ついて​わたし​は​()って​いる。

  しかし​()よ、()(たま)​は​わたし​に​これだけ​を​()われた。『この​(たみ)​に​(さけ)んで​()い​なさい。「​()(あらた)めよ。(しゅ)​の​(みち)​を​(そな)えよ。まっすぐ​な​(しゅ)​の​(みち)​を​(あゆ)め。()よ、(てん)​の​(おう)(こく)​は​(ちか)づいて​おり、(かみ)​の​(おん)()​は​()​の​(おもて)​に​​()られる​から​で​ある」と。』

  10  そして​()よ、(かみ)​の​(おん)()​は、わたしたち​の​​(せん)()​の​()​で​ある​エルサレム​で、​マリヤ​から​​()まれ​に​なる。マリヤ​は​聖霊(せいれい)​の​(ちから)​に​より​(おお)われて​​()ごもり、(おとこ)()、まことに​(かみ)​の​(おん)()​を​もうける​​おとめ​で​あって、(とうと)い、(えら)ばれた​(うつわ)​で​ある。

  11  そして​(かみ)​の​(おん)()​は、あらゆる​()(つう)​と​​()(なん)​と​()(れん)​を​()けられる。これ​は、(かみ)​の​(おん)()​は​()()(ぶん)​の​(たみ)​の​()(つう)​と​(やまい)​を​()​に​()けられる​と​いう​()(こと)()​が​(じょう)(じゅ)​する​ため​で​ある。

  12  また​(かみ)​の​(おん)()​は、()()(ぶん)​の​(たみ)​を​(そく)(ばく)​して​いる​()​の​(なわ)()​を​()く​ため​に、()()(しん)​に​​()​を​()けられる。また​(かみ)​の​(おん)()​は、(にく)​に​おいて​()()(ぶん)​の​(こころ)​が​(あわ)れみ​で​()たされる​よう​に、また​()()(ぶん)​の​(たみ)​を​(かれ)ら​の​(よわ)さ​に​(おう)じて​どの​よう​に​​(すく)う​か​を​(にく)​に​おいて​()る​こと​が​できる​よう​に、(かれ)ら​の​(よわ)さ​を​()()(ぶん)​に​()けられる。

  13  さて、()(たま)​は​すべて​の​こと​を​​()(ぞん)じ​で​ある。に​も​かかわらず、(かみ)​の​(おん)()​は​()()(ぶん)​の​(たみ)​の​(つみ)​を​​()い、()()(ぶん)​の​(かい)(ほう)​の​(ちから)​に​よって​(かれ)ら​の​(そむ)き​を​()()す​ため​に、(にく)​に​おいて​(くる)しみ​を​()けられる。さて​()よ、これ​が​わたし​の​(うち)​に​ある​(あかし)​で​ある。

  14  さて、わたし​は​あなたがた​に​()う。あなたがた​は​()(あらた)め、​(ふたた)び​()まれ​なければ​ならない。(ふたた)び​()まれ​なければ​(てん)​の​(おう)(こく)​を​()()ぐ​こと​が​できない、と​()(たま)​が​()われる​から​で​ある。したがって、()(ぶん)​の​(つみ)​から​(あら)い​(きよ)められ、(かみ)​の​()(ひつじ)​を​(しん)じる​(しん)(こう)​を​()てる​よう​に、やって​()て、()(あらた)め​の​ため​の​バプテスマ​を​()け​なさい。(かみ)​の​()(ひつじ)​は​()​の​(つみ)​を​()(のぞ)く​()(かた)​で​あり、人々(ひとびと)​を​(すく)い、すべて​の​()()​から​(きよ)める​(ちから)​を​()つ​()(かた)​で​ある。

  15  まことに、あなたがた​に​()う。()なさい。(おそ)れて​は​ならない。たやすく​​まとわり​つき、あなたがた​を​(そく)(ばく)​して​(めつ)(ぼう)​に​(いた)らせる​すべて​の​(つみ)​を​()て​なさい。まことに、()て、(つみ)​を​(すす)んで​()(あらた)める​()()ち​の​ある​こと、また、(かみ)​の​(いまし)め​を​(まも)る​と​いう​(かみ)​と​の​(せい)(やく)​に​(すす)んで​(はい)る​こと​を、(かみ)​に​(しめ)し​なさい。そして、今日(きょう)​バプテスマ​の​(みず)​に​(はい)る​こと​に​よって、(かみ)​に​その​こと​を​(しょう)(めい)​しなさい。

  16  だれ​で​あって​も​この​よう​に​(おこな)い、その(のち)(かみ)​の​(いまし)め​を​(まも)る​(ひと)​は、わたし​が​その​(ひと)​に​()う​こと​を​(おぼ)えて​いる​で​あろう。まことに、わたし​の​(うち)​で​(あかし)​する​(せい)​なる​()(たま)​の​(あかし)​に​よって、わたし​が​その​(ひと)​に​永遠(えいえん)​の​(いのち)​を​()る​で​あろう​と​(かた)った​こと​を、その​(ひと)​は​(おぼ)えて​いる​で​あろう。

  17  さて、わたし​の​(あい)する​同胞(はらから)​よ、あなたがた​は​これら​の​こと​を​(しん)じる​か。()よ、あなたがた​に​()う。まことに、わたし​は、あなたがた​が​これら​の​こと​を​(しん)じて​いる​の​を​()って​いる。あなたがた​が​これら​の​こと​を​(しん)じて​いる​こと​が​()かる​の​は、わたし​の​(うち)​に​ある​()(たま)​の​(しめ)し​に​よる。そして​それ​に​ついて、すなわち​わたし​が​(かた)って​きた​(こと)(がら)​に​ついて、あなたがた​が​(ふか)く​(しん)じて​いる​ので、わたし​は​(おお)いに​(よろこ)んで​いる。

  18  わたし​は​(はじ)め​に、あなたがた​が​同胞(はらから)​の​よう​に​()(きょう)​に​(おちい)って​いない​こと​を​(ふか)く​(のぞ)んで​いる​と​()った​が、わたし​の​(のぞ)み​が​その​とおり​に​かなえられた​こと​を、わたし​は​()った。

  19  それ​は、あなたがた​が​()​の​(みち)​に​いる​こと​が​わたし​に​は​()かる​から​で​ある。あなたがた​が​(かみ)​の​(おう)(こく)​に​(つう)じる​(みち)​に​いる​こと、まことに、​(かみ)​の​(みち)​を​まっすぐ​に​して​いる​こと​が、わたし​に​は​()かる。

  20  (かみ)​は​()がった​(みち)​を​​(あゆ)まれない​と​いう​こと​が、(かみ)​の​()(こと)()​の​(あかし)​に​よって​あなたがた​に​()らされて​きた​こと​を、わたし​は​()って​いる。(かみ)​は​(いち)()()われた​こと​は​(へん)(こう)​されない​し、(みぎ)​から​(ひだり)​へ、すなわち​(ただ)しい​こと​から​(あやま)った​こと​へ​(てん)じる​()(はい)​さえ​も​お​()せ​に​ならない。したがって、(かみ)​の​(みち)​は​一つ​の​永遠(えいえん)​の​()​で​ある。

  21  また、(かみ)​は​​(きよ)くない​(みや)​に​は​()まわれない。それ​ばかり​で​なく、(けが)れ​や​(きよ)くない​もの​は​(かみ)​の​(おう)(こく)​に​()()れられない。したがって、わたし​は​あなたがた​に​()う。​(けが)れて​いる​(もの)​が、その​(けが)れ​の​(なか)​に​とどまる​(とき)​が​()る。それ​は​()わり​の​()​で​ある。

  22  さて、わたし​の​(あい)する​同胞(はらから)​よ、これら​の​こと​を​あなたがた​に​(かた)って​きた​の​は、(かみ)​へ​の​()()(かん)​を​あなたがた​に​()(かく)​させ、あなたがた​が​(かみ)​の​()(まえ)​を​(つみ)​の​ない​(じょう)(たい)​で​(あゆ)める​よう​に、また​あなたがた​が、かつて​それ​に​よって​()()れられた​(かみ)​の​(せい)​なる​(くらい)​に​(したが)って​(あゆ)める​よう​に​する​ため​で​ある。

  23  さて、わたし​は​あなたがた​が​​謙遜(けんそん)​で​あり、従順(じゅうじゅん)​で​()(なお)​で​あり、(よう)()​に​(かん)(こく)​に​(したが)い、忍耐(にんたい)​と​寛容(かんよう)​に​()み、すべて​の​こと​に​ついて​()(せい)​し、いつも​熱心(ねっしん)​に​(かみ)​の​(いまし)め​を​(まも)る​よう​に、また​霊的(れいてき)​に​も​(ぶっ)(しつ)(てき)​に​も、(ひつ)(よう)​と​して​いる​もの​は​(なん)でも​(もと)め、(あた)えられる​もの​に​ついて​は​(なん)​で​あろう​と​いつも​(かみ)​に​感謝(かんしゃ)​する​よう​に​(ねが)って​いる。

  24  また、あなたがた​は​​(しん)(こう)​と​()(ぼう)()(あい)​を​(かなら)ず​()つ​よう​に​して​ほしい。そう​する​とき​に、あなたがた​は​いつも​(おお)く​の​()い​(おこな)い​を​する​で​あろう。

  25  (しゅ)​が​あなたがた​を​(しゅく)(ふく)​し、あなたがた​の​(ころも)​を​​()み​の​ない​(じょう)(たい)​に​(たも)って​くださって、(さい)()​に​は​アブラハム、イサク、ヤコブ、および​()(かい)​が​(はじ)まって​()(らい)​この()​に​()んだ​(せい)​なる​()(げん)(しゃ)​たち​と​ともに、(かれ)ら​の​(ころも)​が​()み​の​ない​(じょう)(たい)​で​ある​よう​に​あなたがた​も​()み​の​ない​(ころも)​を​()て、もはや​(そと)​に​()される​こと​なく​(てん)​の​(おう)(こく)​で​()​に​()ける​よう​に。

  26  さて、わたし​の​(あい)する​同胞(はらから)​よ、わたし​は​()(ぶん)​の​(うち)​で​(あかし)​する​()(たま)​に​よって、これら​の​(こと)()​を​あなたがた​に​(かた)って​きた。あなたがた​が​()(じょう)​に​熱心(ねっしん)​に、(ちゅう)()(ぶか)く​わたし​の​(こと)()​を​()いて​くれた​ので、(こころ)​から​うれしく​(おも)う。

  27  (かみ)​の​​平安(へいあん)​が、あなたがた​の​(しん)(こう)​と​()い​(おこな)い​に​(おう)じて、(いま)​から​(のち)​とこしえ​に、あなたがた​と、あなたがた​の​()まい、()()()(ちく)​の​()れ、すべて​の​(しょ)(ゆう)(ぶつ)、および​()(じん)​たち​と​()(ども)​たち​の​うえ​に​とどまる​よう​に。」わたし​が​(かた)った​の​は​()(じょう)​の​とおり​で​ある。アーメン。