第​7​章​

モルモン、(まつ)(じつ)​の​レーマン(じん)​に、キリスト​を​(しん)じ、キリスト​の​(ふく)(いん)​を​()()れて​(すく)われる​よう​に​(すす)める。『(せい)(しょ)』​を​(しん)じる​(もの)​は​すべて、『モルモン(しょ)』​も​(しん)じる​で​あろう。()(げん)(やく)​三百八十五​(ねん)

  さて​()よ、わたし​は​(いのち)​を​(たす)けられて​いる​この​(たみ)​の​​(のこ)り​の​(もの)​に、もしも​(かみ)​が​わたし​の​(こと)()​を​(かれ)ら​に​(つた)えて​くださる​なら​ば、(かれ)ら​が​()(ぶん)​たち​の​(せん)()​の​こと​に​ついて​()る​こと​が​できる​よう​に、少々(しょうしょう)()べたい。イスラエル​の​(いえ)​の​(のこ)り​の​(もの)​よ、わたし​は​あなたがた​に​()べる。わたし​が​()げる​(こと)()​は​(つぎ)​の​とおり​で​ある。

  あなたがた​は、()(ぶん)​が​​イスラエル​の​(いえ)​に​(ぞく)して​いる​こと​を​()り​なさい。

  あなたがた​は、()(あらた)め​なければ​(すく)われない​こと​を​()り​なさい。

  () ()​を​()て、もはや​()​を​(なが)す​こと​を​(よろこ)び​と​せず、(かみ)​から​(めい)じられる​の​で​なければ、()()​と​()()​を​()って​は​ならない​こと​を​()り​なさい。

  (せん) ()​に​ついて​​()り、すべて​の​(つみ)​と​()()​を​()(あらた)め、イエス・​キリスト​を​​(しん)じ​なければ​ならない​こと​を​()り​なさい。イエス・​キリスト​は​(かみ)​の​(おん)()​で​あり、また​イエス・​キリスト​は​ユダヤ(じん)​に​よって​(ころ)され、御父(おんちち)​の​(ちから)​に​よって​(ふたた)び​よみがえって​(はか)​に​(たい)して​​(しょう)()​を​()られた。そして、()​の​とげ​は​イエス・​キリスト​に​のまれて​しまった。

  そして、イエス・​キリスト​は​()(しゃ)​の​​(ふっ)(かつ)​を​もたらされる。したがって、(ひと)​は​よみがえって​イエス・​キリスト​の​​(さば)き​の​()​の​(まえ)​に​()たなければ​ならない。

  そして、イエス・​キリスト​は​()​の​​(あがな)い​を​もたらされた。その​ため、(さば)き​の​()​に​イエス・​キリスト​の​(まえ)​に​​(つみ)​が​ない​と​(みと)められる​(もの)​は、(かみ)​の​(おう)(こく)​で​(かみ)​の​(まえ)​に​​()み、(てん)​の​​(せい)()(たい)​と​ともに、​一つ​の​(かみ)​で​ある​御父(おんちち)​と​(おん)()​と​聖霊(せいれい)​に、()()​ない​(さん)()​の​(うた)​を​(うた)う​こと​を​(ゆる)され、(けっ)して​()わり​の​ない​​(こう)(ふく)​な​(じょう)(たい)​に​いる​こと​が​できる。

  だから、()(あらた)め、イエス​の​()​に​よって​バプテスマ​を​()け、キリスト​の​​(ふく)(いん)​を​()​に​しなさい。キリスト​の​(ふく)(いん)​は​この​()(ろく)​だけ​で​なく、​ユダヤ(じん)​から​()(ほう)(じん)​に​(つた)わり、()(ほう)(じん)​から​​あなたがた​に​(つた)わる​​()(ろく)​に​よって​も​あなたがた​に​()らされる​で​あろう。

  ()よ、​この()(ろく)​を​()(しる)して​いる​の​は、ユダヤ(じん)​から​(つた)わる​()(ろく)​を​あなたがた​に​​(しん)じ​させる​ため​で​ある。また、あなたがた​は​それ​を​(しん)じる​なら​ば、これ​も​(しん)じる​で​あろう。そして、もし​これ​を​(しん)じる​なら​ば、あなたがた​の​(せん)()​に​ついて​()り、また​(せん)()​の​(なか)​で​(かみ)​の​(ちから)​に​よって​(おこな)われた​(おどろ)く​べき​(わざ)​に​ついて​も​()る​よう​に​なる​で​あろう。

  10  また​あなたがた​は、()(ぶん)​が​ヤコブ​の​()(そん)​の​(のこ)り​の​(もの)​で​あり、その​ため​に​(さい)(しょ)​の​(せい)(やく)​の​(たみ)​の​(なか)​に​(かぞ)えられる​と​いう​こと​も​()る​よう​に​なる​で​あろう。もし​あなたがた​が​キリスト​を​(しん)じて、わたしたち​の​(すく)(ぬし)​の​​()(はん)​に​(したが)って、(すく)(ぬし)​が​わたしたち​に​(めい)じられた​とおり​に​まず​(みず)​で​バプテスマ​を​()け、(つぎ)​に​()​と​聖霊(せいれい)​に​よって​バプテスマ​を​()ける​なら​ば、あなたがた​は​(さば)き​の​()​に​(さいわ)い​を​()る​で​あろう。アーメン。