ディーター・F・ウークトドルフ管長,ペテロのようになり「恐れてはならない」と勧告する

提供者: ジェーソン・スウェンセン,チャーチニュース記者

  • 2015年8月22日

教会の聖書ビデオシリーズで使徒ペテロを演じる俳優。 「皆さんや世界中の若い宣教師たちを見るとき,わたしはしばしば使徒ペテロに思いを馳せます」と2015年6月27日に開かれた新しい伝道部会長のためのセミナーにおいて,ウークトドルフ管長は述べた。

記事のハイライト

  • 若い宣教師はしばしば使徒ペテロのようである。
  • 彼らは力不足を感じながらも,自分が弱ったり落胆したりすることなど考えもせず,全力を尽くして熱心に業に働こうとする意欲が強い。
  • ペテロのように,彼らは仕えることへの熱意において至らない面があっても,「恐れてはならない」ということを学ぶことができる。

「わたしたちは皆,初めは荒削りではあっても,救い主の贖いと復活に対する確信がますます深まり,磨かれ,研ぎ澄まされるにつれ,キリストのもとに人々を導くために神の御手に使われる者として効果的に働くことができるのです。」 ―ディーター・F・ウークトドルフ管長

ユタ州プロボ

新しい伝道部会長とその夫人たちに向けた指導の中でディーター・F・ウークトドルフ管長は,神がともにおられるから恐れてはならない,という基本的な不変の勧告をした。

大管長会第二顧問は6月27日の説教の中で,主への信仰を通して恐れや人間の弱さを克服した謙遜な漁師であったペテロの生涯に焦点をあてた。

「皆さんや世界中の若い宣教師たちを見るとき,わたしはしばしば使徒ペテロに思いを馳せます」と管長は述べた。 「わたしの心の目には,胸に宣教師のバッジをつけたペテロを見ることができます。この名誉あるバッジは今日,世界中の宣教師たちが誇りを持って身に着けているものです。」

おそらくペテロはキリストの第一の弟子となるとは彼自身も思わなかったであろう。 彼は学問のない漁師で,自分が力不足であることを強く感じていた。

「……ペテロはイエスのひざもとにひれ伏して言った。『主よ,わたしから離れてください。わたしは罪深い者です。』 ペテロの感じた自信喪失を自分の身に置き換えることができない人などいるでしょうか。」

しかし,ペテロや主が召される全ての人に向けての救い主の答えは難しいものではない。 「恐れてはならない。」

死すべきキリストとともに仕えていたとき,ペテロは大胆さと同時に恐れも見せた。 これは現在,全世界で奉仕する宣教師たちにも言えることである。 主の導きに従って水の上を歩いたのはペテロであった。 荒々しい風に恐れをなしておぼれかけながら,「主よ,お助けください」と叫んだのはペテロだった。

「主は彼を助けました。そしてペテロがイエスに従って行くとき,彼は人間の弱さとともに並外れた勇気を見せ続けたのです」とウークトドルフ管長は述べた。 「彼は口を開いて心の中にある思いを話す,という危険を常に冒す気でいました。 時にはこれが失敗につながりましたが,それはためらっていたらできない貴重な学びの経験へとしばしば導いたのです。」

それでもペテロは予言されたように恐れに屈し,主を知っていたことさえも否定したのである。 直後に彼は自らの裏切りと弱さに苦悩した。 「恐らく彼は反対のものに耐えるという自分の能力を過大評価していたのでしょう。 恐らく彼は救い主が警告された試しの苛酷さを過小評価していたのでしょう。 恐らく彼はただ自分を過信することをやめ,主をさらに信頼することを学ぶ必要があったのでしょう。」

しかし,イエスはペテロの気持ちを知っていた,と管長は述べた。 「熱心さが自分の能力を超えたときはいつでも」主はペテロに救いの御手を差し伸べることを止められなかった。

使徒ペテロについて新しい伝道部の指導者たちに向けて話す大管長会のディーター・F・ウークトドルフ管長。 写真/ウェルデン・C・アンダーセン

中央幹部からの勧告に耳を傾ける新しい伝道部会長と夫人たち。 写真/ウェルデン・C・アンダーセン

ペテロのような,よくある人間的な特質は宣教師たちにしばしば見受けられる。

「宣教師たちは自らに,主に,そして伝道部会長に対する確信に満ちて伝道地に到着します。 彼らはノックして最初にドアを開けてくれる人から始まって,町中の人にバプテスマを施す気持ちでやって来るのです。 湖の対岸に準備のできた求道者がいると聞けば,水の上をも歩くでしょう。 そして自分は決して落胆したり,疲れたり,恐れたりすることはないと確信しているのです。」

やってみるまでは。

「確信と熱意の下にひそんでいるのは人間の不完全さ,経験のなさ,そして恐れです」とウークトドルフ管長は述べた。 「そして彼らが主が望んでおられるような弟子,指導者となるためには,わたしたち皆が弟子となるためそれぞれの旅路でしなければならないのと同じように,これらの弱さに直面し,それを克服する必要があります。」

ペテロの模範は希望を与えてくれる,とウークトドルフ管長は説明した。 彼の弱さが現われた瞬間が彼の物語の終わりではない。 復活された救い主へのペテロ個人の証は,彼をキリストの教会の堅固な指導者へと変貌させた。

主の神性と主の福音を十分に理解したとき,ペテロは全ての恐れと疑いを克服したのである。

「彼はあざけり,憎しみ,屈辱,その他多くの脅しに直面しながらも,決して生ける神についての証を否定しませんでした。 彼は誰も恐れませんでした。 救い主イエス・キリストの証人…としての声を上げる彼の使命を果たすことを何物をも邪魔することはできませんでした。」

主の宣教師たちはペテロのような方法で主を代表するという神聖な召しを受け入れ,イエス・キリストの福音のよき訪れを宣べ伝えるのである。

「伝道中毎日,皆さんと皆さんの宣教師たちはペテロのような選択に直面します。 どのような証人になりますか? 生けるキリストについての力強い証は,ペテロを文字どおり世界を変える証人に変貌させた。

「生けるキリストについての証は,主の全ての僕,全ての宣教師,全ての人,そして特にイエス・キリストの回復された福音を宣言し,教える人々に同じ影響をもたらす可能性と力を持っています。」

ウークトドルフ管長は伝道部会長と夫人たちに,主がペテロをご覧になられたように宣教師たちを見るように勧めた。

「わたしたちは皆,初めは荒削りではあっても,救い主の贖いと復活に対する確信がますます深まり,磨かれ,研ぎ澄まされるにつれ,キリストのもとに人々を導くために神の御手に使われる者として効果的に働くことができるのです。」

ウークトドルフ管長は,主の愛が聴衆とともにあると約束して話を終えた。 「主は皆さんを心にかけておられます。 主は皆さんの宣教師一人一人を心にかけておられます。 主はどんな言語であれ皆さんの祈りを聞かれ,皆さんの心の中の静かな無言の祈りもご存知です。 ……

「皆さんの働きと思いを主に捧げ,不安と恐れを主の御手にゆだねるなら,主は皆さんを主と主の福音と主の教会の恐れを知らない偉大な証人とされるでしょう。 主は皆さんを偉大な宣教師とされるでしょう。」