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きょうせいやく

第​107​章

千八百三十五​ねん​三がつ​二十八​にちけ​の、オハイオ​しゅう​カートランド​に​おいて、げんしゃ​ジョセフ・​スミス​を​とおして​あたえられた​しんけん​に​かんする​けい(『きょうかいれき』​だい二​かん、二百九-二百十七​ページ)。この​​に、じゅう使​は​ひょうかい​を​ひらき、かく​の​弱点じゃくてん​と​短所たんしょ​を​こくはく​し、あらため​を​ひょうめい​し、しゅ​の​いっそう​の​みちびき​を​もとめた。かれら​は​てられた​ほう​へ​の​でんどう​の​ため​に、わかれて​かけよう​と​して​いた​ところ​で​あった。本章ほんしょう​の​おおく​の​ぶん​は​この​​に​あたえられた​が、れきろく​に​よれ​ば、千八百三十一​ねん​十一がつ​に​あたえられた​ぶん​を​はじめ​として、いろいろ​な​​に​あたえられた​もの​が​ふくまれて​いる。

1-6​二つ​の​しんけん、すなわち​メルキゼデク​しんけん​と​アロン​しんけん​が​ある。​7-12​メルキゼデク​しんけん​を​つ​もの​は、きょうかい​に​おける​すべて​の​しょく​を​おこなう​ちから​を​つ。​13-17​ビショップリック​は、外形がいけいじょう​の​しき​を​しっこう​する​アロン​しんけん​を​かん​する。​18-20​メルキゼデク​しんけん​は​すべて​の​霊的れいてき​な​しゅくふく​の​かぎ​を​つ。アロン​しんけん​は​てん使​の​はたらき​の​かぎ​を​つ。​21-38だいかんちょうかいじゅう使かい、および​七十しちじゅうにんかい​は​それぞれ​かん定員ていいんかい​を​こうせい​し、かれら​の​けつ​は​いっ​と​​に​よって​くだされ​なければ​ならない。​39-52​アダム​から​ノア​まで​ぞくちょうせい​が​かくりつ​された。​53-57だい​の​せい​たち​が​アダム・​オンダイ・​アーマン​に​あつまり、しゅ​が​かれら​に​姿すがた​を​あらわされた。​58-67じゅう使かい​は​きょうかい​の​やくいん​たち​を​ととのえ​なければ​ならない。68-76​ビショップ​は​イスラエル​の​一般いっぱんはん​を​つとめる。​77-84だいかんちょうかい​と​じゅう使かい​は、きょうかい​の​さいこう法廷ほうてい​を​こうせい​する。​85-100しんけんしき​の​会長かいちょう​は、それぞれ​の​定員ていいんかい​を​かん​する。

1 きょうかい​に​は​二つ​の​しんけん、すなわち、メルキゼデクしんけん​と、レビ​しんけん​を​ふくむ​アロンしんけん​が​ある。

2 なぜ​ぜんしゃ​が​メルキゼデク​しんけん​と​ばれる​か​と​いえ​ば、メルキゼデク​は​それほど​だい​な​だいさい​で​あった​から​で​ある。

3 かれ​の​だい​の​まえ​に​は、これ​は​かみ​の​おん​の​くらい​に​したがう​せい​なる​しんけん​と​ばれて​いた。

4 しかし、こうしゃ​の​​を​うやまい​とうとぶ​こと​から、この​​を​あまり​頻繁ひんぱん​に​かえす​の​を​ける​ため​に、むかし​の​きょうかいいん​は​この​しんけん​を、メルキゼデク​に​ちなんで、メルキゼデク​しんけん​と​んだ​の​で​ある。

5 きょうかい​に​おける​​の​すべて​の​権能けんのう​または​しょく​は、この​しんけん​に​ぞく​する​もの​で​ある。

6 しかし、二つ​の​ぶん、すなわち​おおきな​るい​が​ある。一つ​は​メルキゼデク​しんけん​で​あり、​は​アロン​しんけん​または​レビしんけん​で​ある。

7 長老ちょうろう​の​しょく​は、メルキゼデク​の​しんけん​の​もと​に​ある。

8 メルキゼデク​しんけん​は​かん​する​けん​を​ゆうし、この​の​あらゆる​だい​に、きょうかい​に​おける​すべて​の​しょく​を​かん​し、霊的れいてき​な​ことがら​を​つかさどる​ちから​と​権能けんのう​を​つ。

9 メルキゼデク​の​くらい​に​したがう​だいしんけん​の​だいかんちょうかい​は、きょうかい​に​おける​すべて​の​しょく​を​おこなう​けん​を​つ。

10 メルキゼデク​しんけん​の​くらい​に​したがう​だいさい​は、だいかんちょうかい​の​​の​もと​に、みずから​の​しょく​に​おいて​しょく​を​おこない、霊的れいてき​な​ことがら​を​つかさどる​けん​を​つ。また、長老ちょうろう​や(レビ​の​くらい​の)さいきょうしつ、および​会員かいいん​の​しょく​を​おこなう​けん​を​も​つ。

11 長老ちょうろう​は、だいさい​が​ざい​の​とき​に、かれ​の​わり​に​しょく​を​おこなう​けん​を​つ。

12 だいさい​と​長老ちょうろう​は、きょうかい​の​せいやく​と​いましめ​に​かなって、霊的れいてき​な​ことがら​を​つかさどら​なければ​ならない。また、かれら​は、じょう​の​権能けんのう​を​つ​もの​が​ざい​の​とき​に、きょうかい​の​すべて​の​しょく​を​おこなう​けん​を​つ。

13 だい二​の​しんけん​は、アロン​の​しんけん​と​ばれる。それ​が​アロン​と​その​そん​に​さずけられた​から​で​ある。

14 なぜ​それ​が​しょうしんけん​と​ばれる​か​と​いえ​ば、それ​が​だいしんけん、すなわち​メルキゼデク​しんけん​に​ぞく​する​もの​で​あり、外形がいけいじょう​の​しき​を​しっこう​する​ちから​を​つ​から​で​ある。

15 ビショップリック​は​この​しんけん​の​会長かいちょうかい​で​あり、その​かぎ、すなわち​権能けんのう​を​つ。

16 だれ​も​アロン​の​ちょっけい​の​そん​で​なければ、この​しょく​に​き、この​しんけん​の​かぎ​を​しょゆう​する​りっぽうじょう​の​けん​を​つ​こと​は​ない。

17 しかし、メルキゼデク​しんけん​の​だいさい​は、それ​​の​すべて​の​しょく​の​しょく​を​おこなう​権能けんのう​を​つ​ので、アロン​の​ちょっけい​の​そん​が​だれ​も​つからない​とき​は、メルキゼデク​しんけん​の​だいかんちょうかい​の​​に​よって​この​ちから​を​ゆうする​しょく​に​され、にんめい​され、聖任せいにん​される​なら​ば、ビショップ​の​しょく​を​おこなう​こと​が​できる。

18 だいしんけん​すなわち​メルキゼデク​しんけん​の​ちから​と​権能けんのう​と​は、きょうかい​の​すべて​の​霊的れいてき​な​しゅくふく​の​かぎ​を​つ​こと​で​ある。

19 すなわち、てん​の​おうこく​の​おく​を​ける​とっけん​を​ち、てん​が​かれら​に​ひらかれ、ちょう​の​きょうかい​の​そうつどい​と​したしく​まじわり、また​ちち​なる​かみ​と​あたらしい​せいやく​の​ちゅうしゃ​イエス​の​したしい​まじわり​と​臨在りんざい​と​を​きょうじゅ​する​こと​で​ある。

20 しょうしんけん​すなわち​アロン​しんけん​の​ちから​と​権能けんのう​と​は、てん使​の​はたらき​の​かぎ​を​ち、また​せいやく​と​いましめ​に​かなって​外形がいけいじょう​の​しき、すなわち​ふくいん​の​つみ​の​ゆるし​の​ため​の​あらため​の​バプテスマ​を​しっこう​する​こと​で​ある。

21 これら​二つ​の​しんけん​に​おける​それぞれ​の​しょく​に​聖任せいにん​された​もの​たち​の​なか​から、会長かいちょう、すなわち​かんやくいん​が​る​よう​に、すなわち​にんめい​される​よう​に​する​ひつよう​が​ある。

22 メルキゼデクしんけん​を​つ​もの​の​なか​から、この​団体だんたい​に​よって​えらばれ、その​しょく​に​めい​され、聖任せいにん​され、また​きょうかいいん​の​しんらい​と​しんこう​と​いのり​に​よって​​された​三にん​の​かんだいさい​が、きょうかい​の​だいかんちょうかい​の​定員ていいんかい​を​こうせい​する。

23 十二にん​の​じゅんかいひょういん​は​されて、じゅう使、すなわち​ぜんかい​に​おける​キリスト​の​​の​とくべつ​な​しょうにん​と​なる。この​よう​に​かれら​は、その​し​の​​が​きょうかい​に​おける​​の​やくいん​と​は​ちがって​いる。

24 そして、かれら​は、まえ​に​べた​三にん​から​る​だいかんちょうかい​と​どうとう​の​権能けんのう​と​ちから​を​つ​定員ていいんかい​を​こうせい​する。

25 七十しちじゅうにん​も​されて、ふくいん​を​べ​つたえ、ほうじん​と​ぜんかい​に​たいする​とくべつ​な​しょうにん​と​なる。この​よう​に​かれら​は、その​し​の​​が​きょうかい​に​おける​​の​やくいん​と​は​ちがって​いる。

26 そして、かれら​は、いまべた​十二​にん​の​とくべつ​な​しょうにん、すなわち​じゅう使​の​権能けんのう​と​どうとう​の​権能けんのう​を​つ​定員ていいんかい​を​こうせい​する。

27 これら​いずれ​の​定員ていいんかい​が​くだす​けつ​も​みな、その​定員ていいんかい​の​全会ぜんかいいっ​の​こえ​に​よって​なされ​なければ​ならない。すなわち、かれら​の​けつ​を​たがいに​どうとう​の​ちから​すなわち​こうりょく​の​ある​もの​と​する​ため​に、かく定員ていいんかい​の​すべて​の​会員かいいん​が​その​けつ​に​どう​しなければ​ならない。

28 じょう​に​より​やむをない​とき​は、はんすう​で​定員ていいんかい​を​成立せいりつ​させる​こと​が​できる。

29 定員ていいんかい​の​けつ​が​全会ぜんかいいっ​で​ない​かぎり、かれら​の​けつ​は、メルキゼデク​の​くらい​に​したがって​聖任せいにん​された、​に​かなった​せい​なる​ひと​で​あった​むかし​の​三にん​の​ちょう​から​る​定員ていいんかい​の​けつ​が​ける​に​あたいした​もの​と​どうとう​の​しゅくふく​を​ける​に​あたいしない。

30 これら​の​定員ていいんかい、または​それら​の​いずれ​か​の​けつ​は、完全かんぜん​な​​に​より、きよさ​と​へりくだった​こころにゅう​と​寛容かんよう​に​より、また​しんこうとくしき節制せっせい忍耐にんたい信心しんじんきょうだいあい、および​あい​に​より​くだされ​なければ​ならない。

31 なぜなら​ば、これら​の​もの​が​かれら​の​うち​に​ますます​ゆたか​に​なる​なら​ば、かれら​は​しゅ​を​る​しき​に​ついて​​を​むすばない​もの​と​なる​こと​は​ない、と​いう​やくそく​が​ある​から​で​ある。

32 また、これら​の​定員ていいんかい​の​いかなる​けつ​で​も​​に​くだされる​なら​ば、きょうかい​の​れい​に​かかわる​権能けんのう​を​つ​もの​たち​が​こうせい​する​ふくすう​の​定員ていいんかい​の​そうかい​の​まえ​に​それ​を​す​こと​が​できる。そう​で​なければ、かれら​の​けつ​から​の​じょう​は​ありない。

33 じゅう使かい​は​じゅんかいかんこうとうひょうかい​で​あり、てん​の​てい​に​かなって​きょうかい​の​だいかんちょうかい​の​​の​もと​に​しゅ​の​​に​おいて​しょく​を​おこない、また​まず​ほうじん​の​ため​に、いで​ユダヤじん​の​ため​に、きょうかい​を​きずき​げ、すべて​の​くにぐに​に​おいて​きょうかい​の​しょ​を​すべて​ととのえる。

34 七十しちじゅうにん​は、じゅう使かい、すなわち​じゅんかいこうとうひょうかい​の​​の​もと​に​しゅ​の​​に​おいて​こうどう​し、まず​ほうじん​の​ため​に、いで​ユダヤじん​の​ため​に、きょうかい​を​きずき​げ、すべて​の​くにぐに​に​おいて​きょうかい​の​しょ​を​すべて​ととのえる。

35 じゅう使​は、つかわされ、かぎ​を​ち、イエス・​キリスト​の​ふくいん​を​宣言せんげん​する​こと​に​よって​もん​を​ひらく。これ​は​まず​ほうじん​に、いで​ユダヤじん​に​おこなわれる。

36 シオン​の​ステーク​に​おける​常任じょうにんこうとうひょうかい​は、きょうかい​の​しょ​に​かんする​かれら​の​すべて​の​けつ​に​おいて、だいかんちょうかい​の​定員ていいんかい、あるいは​じゅんかいこうとうひょうかい​と​どうとう​の​権能けんのう​を​つ​定員ていいんかい​を​こうせい​する。

37 シオン​に​おける​こうとうひょうかい​は、きょうかい​の​しょ​に​かんする​かれら​の​すべて​の​けつ​に​おいて、シオン​の​ステーク​に​おける​十二​にん​の​ひょうかい​と​どうとう​の​権能けんのう​を​つ​定員ていいんかい​を​こうせい​する。

38 じゅんかいこうとうひょうかい​は、ふくいん​を​べ​つたえ、ふくいん​を​ほどこす​ため​に、様々さまざま​な​し​を​たす​に​たって​たすけ​を​ひつよう​と​する​とき​に​は、ほか​の​人々ひとびと​で​は​なく、七十しちじゅうにん​に​要請ようせい​しなければ​ならない。

39 じゅう使​は、きょうかい​の​すべて​の​おおきな​​に​おいて、けい​に​より​らされる​まま​に、ふくいん​の​教導きょうどうしゃ​を​聖任せいにん​しなければ​ならない。

40 この​しんけん​の​くらい​は、父親ちちおや​から​むす​へ​継承けいしょう​される​よう​に​かくにん​された​もの​で​あり、やくそく​を​あたえられた、えらばれた​けっとう​の​ちょっけい​の​そん​に​せいとう​に​ぞくする​もの​で​ある。

41 この​くらい​は​アダム​の​だい​に​もうけられ、つぎ​の​よう​に​けっとう​に​よって​継承けいしょう​された。

42 すなわち、アダム​から​セツ​に​継承けいしょう​された。セツ​は​六十九​さい​の​とき​に​アダム​に​よって​聖任せいにん​され、また​かれ(アダム)の​ぬ​三​ねんまえ​に​かれ​に​よって​しゅくふく​を​さずけられ、その​そん​は​しゅ​の​選民せんみん​と​なり、​の​わり​まで​まもられる​と​いう​かみ​の​やくそく​を​ちち​を​つうじて​けた。

43 かれ(セツ)は​完全かんぜん​な​ひと​で​あり、その​姿すがた​は​かれ​の​ちち​に​うつし​で​あった​ので、かれ​は​あらゆる​てん​で​ちち​の​よう​で​あり、年齢ねんれい​に​よって​のみ​ちち​と​ける​こと​が​できた。

44 エノス​は​百三十四​さい​四​か​げつ​の​とき​に、アダム​の​​に​よって​聖任せいにん​された。

45 カイナン​が​四十​さい​の​とし​に、かみ​は​​で​かれ​を​おとずれた。また、かれ​は​シェドラマク​の​​に​かって​たび​を​して​いた​ちゅう​で​アダム​に​った。かれ​は​聖任せいにん​を​けた​とき、八十七​さい​で​あった。

46 マハラレル​は​アダム​の​​に​よって​聖任せいにん​された​とき、四百九十六​さい​と​なの​で​あった。アダム​は​また​かれ​を​しゅくふく​した。

47 ヤレド​は​アダム​の​​の​もと​で​聖任せいにん​された​とき、二百​さい​で​あった。アダム​は​また​かれ​を​しゅくふく​した。

48 エノク​は​アダム​の​​の​もと​で​聖任せいにん​された​とき、二十五​さい​で​あった。また、かれ​が​六十五​さい​の​とき​に、アダム​は​かれ​を​しゅくふく​した。

49 そして、かれ​は​しゅ​に​まみえ、しゅ​と​ともに​あゆみ、えず​しゅ​の​まえ​に​あった。三百六十五​ねんかれ​は​かみ​と​ともに​あゆみ、​を​えられて​てん​に​うつされた​とき、四百三十​さい​で​あった。

50 メトセラ​は​アダム​の​​の​もと​で​聖任せいにん​された​とき、百​さい​で​あった。

51 レメク​は​セツ​の​​の​もと​で​聖任せいにん​された​とき、三十二​さい​で​あった。

52 ノア​は​メトセラ​の​​の​もと​で​聖任せいにん​された​とき、十​さい​で​あった。

53 アダム​は​ぬ​三​ねんまえ​に、すべて​だいさい​で​あった​セツ、エノス、カイナン、マハラレル、ヤレド、エノク、および​メトセラ​を、​に​かなった​そん​の​のこり​と​ともに​アダム・​オンダイ・​アーマン​の​たに​に​び​あつめ、そこで​かれら​に​さい​の​しゅくふく​を​さずけた。

54 すると、しゅ​が​かれら​に​あらわれた。かれら​は​がって​アダム​を​ほめ​たたえ、かれ​を​ミカエル、きみてん使ちょう​と​んだ。

55 また、しゅ​は​アダム​に​なぐさめ​を​あたえ、そして​った。「わたし​は​あなた​を​てて​首長しゅちょう​と​した。おおく​の​民族みんぞく​が​あなた​から​る​で​あろう。そして、あなた​は​とこしえ​に​かれら​を​おさめる​きみ​で​ある。」

56 そこで、アダム​は​会衆かいしゅう​の​なか​に​がった。かれ​は​老齢ろうれい​で​こし​が​がって​いた​に​も​かかわらず、聖霊せいれい​に​たされ、さい​の​だい​に​いたる​まで​その​そん​に​こる​こと​を​げん​した。

57 これら​の​こと​は​すべて​エノク​の​しょ​に​しるされて​おり、さだめられた​とき​に​あかし​される​で​あろう。

58 じゅう使​は​また、けい​に​したがって​きょうかい​の​​の​すべて​の​やくいん​を​聖任せいにん​し、ととのえ​なければ​ならない。その​けい​は​つぎ​の​とおり​で​ある。

59 すなわち、きょうかい​の​つとめ​に​かんする​きょうかい​の​りっぽう​に​くわえて、シオン​の​​に​おける​キリスト​の​きょうかい​へ。

60 万軍ばんぐん​の​しゅ​は​う。まことに、わたし​は​あなたがた​に​う。長老ちょうろう​の​しょく​に​ある​もの​たち​を​かん​する​かん長老ちょうろう​が​い​なければ​ならない。

61 また、さい​の​しょく​に​ある​もの​たち​を​かん​する​さい​も、

62 おなじ​よう​に​きょう​の​しょく​に​ある​もの​たち​を​かん​する​きょう​も、さらに​しつ​も​また​い​なければ​ならない。

63 しつ​から​きょう​に、きょう​から​さい​に、さい​から​長老ちょうろう​に​いたる​まで、きょうかい​の​せいやく​と​いましめ​に​したがって​それぞれ​にんめい​される​まま​に、い​なければ​ならない。

64 つぎ​に、だいしんけん​が​る。これ​は​すべて​の​なか​で​もっとも​おおいなる​もの​で​ある。

65 それゆえ、だいしんけん​を​つ​もの​の​なか​から​ひと​が​その​しんけん​を​かん​する​ため​に​にんめい​される​こと​が​ひつよう​で​あり、かれ​は​きょうかい​の​だいしんけん​の​だいかんちょう​と​ばれる。

66 い​えれば、きょうかい​の​だいしんけん​を​かん​する​かんだいさい​で​ある。

67 この​ひと​から、按手あんしゅ​に​よって​しき​の​しっこう​と​きょうかいいん​へ​の​しゅくふく​が​る。

68 それゆえ、ビショップ​の​しょく​は​それ​と​どうとう​で​は​ない。ビショップ​の​しょく​は、すべて​げん​の​ことがら​を​つかさどる​もの​だから​で​ある。

69 それでも、ビショップ​は​アロン​の​ちょっけい​の​そん​で​ない​かぎり、だいしんけん​を​つ​もの​の​なか​から​えらばれ​なければ​ならない。

70 かれ​は​アロン​の​ちょっけい​の​そん​で​ない​かぎり、その​しんけん​の​かぎ​を​てない​から​で​ある。

71 しかしながら、メルキゼデク​の​くらい​に​したがう​だいさい​は、げん​の​ことがら​を​つかさどる​よう​に​にんめい​され、しん​の​たま​に​よって​その​しき​を​

72 イスラエル​の​はん​と​なり、きょうかい​の​つとめ​を​おこない、きょうかい​の​長老ちょうろう​たち​の​なか​から​えらんだ​もん​たち、あるいは​将来しょうらいえらぶ​もん​たち​の​たすけ​を​て、りっぽう​に​したがって​かれ​の​まえ​に​提出ていしゅつ​される​しょう​に​もとづいて​いましめ​に​そむく​もの​を​さばく​せき​に​く。

73 これ​は、アロン​の​ちょっけい​の​そん​で​は​なく、メルキゼデク​の​くらい​に​したがう​だいしんけん​に​聖任せいにん​された​ビショップ​の​​で​ある。

74 シオン​の​さかい​が​ひろげられ、シオン​または​その​ほか​の​しょ​に​おいて、ほか​の​ビショップ​すなわち​はん​が​ひつよう​に​なる​まで、かれ​は​この​よう​に​はん​と​なら​なければ​ならない。すなわち、シオン​で​あれ、シオン​の​ステーク​で​あれ、あるいは​かれ​が​この​つとめ​に​にんめい​される​きょうかい​の​いかなる​​で​あれ、そこ​に​む​もの​の​なか​で​一般いっぱんはん​と​なら​なければ​ならない。

75 ほか​の​ビショップ​たち​が​にんめい​されれば、かれら​も​その​しょく​を​遂行すいこう​する。

76 しかし、アロン​の​ちょっけい​の​そん​に​は、この​しんけん​の​会長かいちょう​の​しょく​に​き、この​つとめ​の​かぎ​を​ち、メルキゼデク​の​くらい​に​したがう​だいしんけん​の​だいかんちょう​を​さばく​あい​の​ほか​は​もん​なし​に​どくりつ​して​ビショップ​の​しょく​を​遂行すいこう​し、イスラエル​の​はん​として​せき​に​く、りっぽうじょう​の​けん​が​ある。

77 これら​いずれ​の​ひょうかい​の​判決はんけつ​も、いましめ​に​かなって​いる​こと。その​いましめ​は​つぎ​の​とおり​で​ある。

78 さらに​まことに、わたし​は​あなたがた​に​う。きょうかい​の​もっとも​じゅうよう​な​、および​きょうかい​の​もっとも​困難こんなん​な​けん​は、ビショップ​や​はん​たち​の​判決はんけつ​が​満足まんぞく​の​いく​もの​で​なければ、これ​を​きょうかい​の​ひょうかい​に、すなわち​だいしんけん​の​だいかんちょうかい​の​まえ​に​いで​わたさなければ​ならない。

79 だいしんけん​の​ひょうかい​の​だいかんちょうかい​は、もん​として​​する​​の​だいさい、すなわち​十二​にん​を​す​ちから​を​つ。この​よう​に​して、だいしんけん​の​だいかんちょうかい​と​その​もん​たち​は、きょうかい​の​りっぽう​に​したがって​しょう​に​もとづいて​判決はんけつ​を​くだす​ちから​を​つ。

80 この​判決はんけつ​の​のち​は、もう​それ​を​しゅ​の​まえ​に​して​は​ならない。これ​は​かみ​の​きょうかい​の​さいこうひょうかい​で​あり、また​れい​に​かかわる​ことがら​に​かんする​ろんそう​に​ついて​の​最終さいしゅう判決はんけつ​だから​で​ある。

81 きょうかい​に​ぞくする​もの​で、きょうかい​の​この​ひょうかい​から​まぬがれる​もの​は​だれ​も​いない。

82 もしも​だいしんけん​の​だいかんちょう​が​いましめ​に​そむいた​なら​ば、かれ​は​だいしんけん​を​つ​十二​にん​の​もん​に​よって​​される​きょうかい​の​一般いっぱんひょうかい​の​まえ​に​おぼえられる。

83 かれ​の​こうべ​に​くだされる​かれら​の​判決はんけつ​は、かれ​に​かんする​ろんそう​の​わり​で​ある。

84 この​よう​に、かみ​の​せい​と​りっぽう​から​まぬがれる​もの​は​だれ​も​おらず、すべて​の​こと​が、しん​と​​に​よって​かみ​の​まえ​に​ちつじょただしく​厳粛げんしゅく​に​おこなわれる​の​で​ある。

85 さらに​また、まことに、わたし​は​あなたがた​に​う。しつ​の​しょく​を​かん​する​会長かいちょう​の​​は、せいやく​に​したがって​あたえられて​いる​とおり​に、十二​にん​の​しつ​を​かん​し、かれら​と​ともに​かい​の​せき​に​き、かれら​に​​を​おしえ、たがいに​きょう​し​う​こと​で​ある。

86 また、きょう​の​しょく​を​かん​する​会長かいちょう​の​​も、せいやく​の​なか​で​あたえられて​いる​とおり​に、二十四​にん​の​きょう​を​かん​し、かれら​と​ともに​ひょうかい​の​せき​に​き、かれら​に​その​しょく​の​​を​おしえる​こと​で​ある。

87 また、アロン​の​しんけん​を​かん​する​会長かいちょう​の​​も、せいやく​の​なか​で​あたえられて​いる​とおり​に、四十八​にん​の​さい​を​かん​し、かれら​と​ともに​ひょうかい​の​せき​に​き、かれら​に​その​しょく​の​​を​おしえる​こと​で​ある。

88 この​会長かいちょう​は​ビショップ​で​なければ​ならない。これ​は​この​しんけん​の​​の​一つ​だから​で​ある。

89 さらに、長老ちょうろう​の​しょく​を​かん​する​会長かいちょう​の​​は、せいやく​に​したがって、九十六​にん​の​長老ちょうろう​を​かん​し、かれら​と​ともに​ひょうかい​の​せき​に​き、かれら​を​おしえる​こと​で​ある。

90 この​会長かいちょうかい​は​七十しちじゅうにん​の​会長かいちょう​と​は​ことなり、ぜんかい​を​たび​しない​もの​たち​の​ため​に​もうけられる。

91 さらに​また、だいしんけん​の​しょく​の​だいかんちょう​の​​は、ぜんきょうかい​を​かん​し、モーセ​の​よう​で​ある​こと​で​ある。

92 よ、ここ​に​​が​ある。まことに、かみ​が​きょうかい​の​ちょう​に​さずける​かみ​の​すべて​の​賜物たまもの​を​つ​せいけんしゃけいしゃほんやくしゃ、および​げんしゃ​と​なる​こと​で​ある。

93 また、七十しちじゅうにん​が​七十しちじゅうにん​の​人々ひとびと​の​なか​から​えらばれた​七​にん​の​会長かいちょう​に​よって​かん​される​こと​は、七十しちじゅうにん​の​ちつじょ​を​しめす​げん​に​よる。

94 これら​の​会長かいちょう​の​うち​の​だい七​の​会長かいちょう​が、六​にん​を​かん​しなければ​ならない。

95 これら​七​にん​の​会長かいちょう​は、かれら​が​ぞくする​さいしょ​の​七十しちじゅうにん​の​ほか​に​べつ​の​七十しちじゅうにん​を​えらび、かれら​を​かん​しなければ​ならない。

96 また、ぶどう​えん​に​おける​はたらき​で​とうぜんひつよう​と​されれば、七十​の​七​ばい​まで、べつ​の​七十しちじゅうにん​を​えらび、かん​する。

97 これら​の​七十しちじゅうにん​は、まず​ほうじん​の​もと​へ、そして​ユダヤじん​の​もと​へ​も​く​じゅんかい教導きょうどうしゃ​と​なる。

98 じゅう使かい​に​も​七十しちじゅうにんかい​に​も​ぞくさない​きょうかい​の​​の​やくいん​は、すべて​の​くにぐに​を​たび​を​する​責任せきにん​は​ない​が、じょう​の​ゆるす​とき​に​は​たび​を​しなければ​ならない。かれら​は​たび​を​する​責任せきにん​は​ない​が、じゅう使​や​七十しちじゅうにん​と​おなじ​よう​に、きょうかいない​で​たかい​責任せきにん​ある​しょく​に​いて​いる。

99 それゆえ、いまや​ひと​は​みなぶん​の​​を​まなび、にんめい​されて​いる​しょく​を​まったく​勤勉きんべん​に​遂行すいこう​する​よう​に​しなさい。

100 たい​な​もの​は、その​しょく​に​いる​に​ふさわしいもの​と​なされない。また、ぶん​の​​を​まなばず、みとめられる​に​る​もの​で​ある​こと​を​しめさない​もの​は、その​しょく​に​いる​に​ふさわしい​もの​と​なされない。まことに​その​とおり​で​ある。アーメン。