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きょうせいやく

第​77​章

千八百三十二​ねん​三がつ、オハイオ​しゅう​ハイラム​に​おいて、げんしゃ​ジョセフ・​スミス​に​あたえられた​けい(『きょうかいれき』​だい一​かん、二百五十三-二百五十五​ページ)。げんしゃ​は、「聖文せいぶん​の​ほんやく​に​関連かんれん​して、わたし​は『ヨハネのもくろく』​に​ついて​つぎ​の​説明せつめい​を​けた」(『きょうかいれき』​だい一​かん、二百五十三​ページ)と​しるして​いる。

1-4もの​は​れい​を​って​おり、めつ​の​じょうたい​の​きゅうじょう​で​永遠えいえん​の​さいわい​な​じょうたい​の​なか​に​む。​5-7​この​きゅう​に​は、七千​年間ねんかん​の​げん​の​そんざい​が​ある。​8-10何人なんにん​も​の​てん使​が​ふくいん​を​回復かいふく​し、じょう​で​わざ​を​おこなう。​11​十四まん四千​にん​に​いん​が​される。​12-14​キリスト​は​だい七​の​千​ねん​の​はじめ​に​られる。​15ふた​の​げんしゃ​が、ユダヤ​民族みんぞく​に​たいして​てられる。

1 い。もくろくだい四​しょう​六​せつ​で​ヨハネ​に​より​べられて​いる​ガラス​の​う み​と​は​なに​か。 ​こたえ。それ​は​きよめられた、めつ​かつ​永遠えいえん​の​じょうたい​に​ある​きゅう​で​ある。

2 い。おなじ​せつ​の​なか​で​べられて​いる​四つ​の​もの​に​よって、わたしたち​は​なに​を​かい​す​べき​か。 ​こたえ。それら​は​もくしゃ​ヨハネ​が​かみ​の​パラダイス​で​ある​てん、および​ひと​と​けもの​と​う​もの​と​そら​の​とり​の​こうふく​を​びょうしゃ​する​の​に​もちいた​てき​な​ひょうげん​で​ある。れい​の​もの​は​げん​の​もの​の​かたち​で​あり、げん​の​もの​は​れい​の​もの​の​かたち​で​ある。人間にんげん​の​れい​は​その​からだ​の​かたち​で​あり、また​けもの​の​れい、および​かみ​が​そうぞう​された​ほか​の​あらゆる​もの​の​れい​も​どうよう​で​ある。

3 い。四つ​の​もの​は​​の​もの​に​かぎられる​か。それとも、それら​は​しゅるい​や​階級かいきゅう​を​あらわす​か。 ​こたえ。それら​は​四つ​の​​の​もの​に​かぎられる。これ​は、いくつ​か​の​しゅるい​の​もの​が​永遠えいえん​の​さいわい​を​きょうじゅ​する​さい​の、それら​に​さだめられた​そうぞう​の​階級かいきゅう​や​領域りょういき​に​おける​えいこう​を​あらわす​ため​に、ヨハネ​に​しめされた​もの​で​ある。

4 い。それら​の​もの​が​って​いた​​と​つばさ​に​よって、わたしたち​は​なに​を​かい​す​べき​か。 ​こたえ。それら​の​​は、ひかり​と​しき​の​あらわれ​で​ある。すなわち、それら​は​しき​に​ちて​いる。また、それら​の​つばさ​は​ちから​の​あらわれ​で​あり、うごく​ちから​や、こうどう​する​ちから​など​を​あらわす。

5 い。ヨハネ​に​より​べられて​いる​二十四​にん​の​長老ちょうろう​に​よって、わたしたち​は​なに​を​かい​す​べき​か。 ​こたえ。わたしたち​は​つぎ​の​よう​に​かい​す​べき​で​ある。すなわち、ヨハネ​が​た​これら​の​長老ちょうろう​たち​は、ほう​の​わざ​に​ちゅうじつ​で​あって、すでに​くなって​いた​長老ちょうろう​で​ある。かれら​は​七つ​の​きょうかい​に​ぞくし、その​とき​に​は​かみ​の​パラダイス​に​いた。

6 い。ヨハネ​が​た​七つ​の​ふういん​で​うら​を​ふうじられて​いる​もの​に​よって、わたしたち​は​なに​を​かい​す​べき​か。 ​こたえ。わたしたち​は​つぎ​の​よう​に​かい​す​べき​で​ある。すなわち、それ​に​は​あきらか​に​された​かみ​の​こころ​と​おく​と​わざ​が​って​いる。また、この​きゅう​が​そんぞく​する​七千​年間ねんかん、すなわち​げん​の​そんざい​の​あいだ​の​この​きゅう​に​かんする​かみ​の​せつ​に​ついて​の​かくされた​ことがら​も​って​いる。

7 い。それ​を​ふうじて​いる​七つ​の​ふういん​に​よって、わたしたち​は​なに​を​かい​す​べき​か。 ​こたえ。わたしたち​は​つぎ​の​よう​に​かい​す​べき​で​ある。すなわち、さいしょ​の​ふういん​に​は​さいしょ​の​千​ねん​の​こと​が​って​おり、また​だい二​の​ふういん​に​は​だい二​の​千​ねん​の​こと、と​いう​よう​に​して​だい七​に​いたる。

8 い。もくろくだい七​しょう​一​せつ​に​べられて​いる​四​にん​の​てん使​に​よって、わたしたち​は​なに​を​かい​す​べき​か。 ​こたえ。わたしたち​は​つぎ​の​よう​に​かい​す​べき​で​ある。すなわち、かれら​は​かみ​から​つかわされた​四​にん​の​てん使​で​あり、​の​ほう​を​はい​する​ちから​を​あたえられて​いて、いのち​を​すくったり、ほろぼしたり​する。これら​の​もの​は、あらゆる​こくみんぞくこく​の​たみ民族みんぞく​に​たくす​永遠えいえん​の​ふくいん​を​って​おり、また​てん​を​じる​ちからいのち​に​むすかためる​ちから、あるいは​くらやみ​の​かい​に​げ​とす​ちから​を​って​いる。

9 い。もくろくだい七​しょう​二​せつ​の、ひがし​から​のぼって​る​てん使​に​よって、わたしたち​は​なに​を​かい​す​べき​か。 ​こたえ。わたしたち​は​つぎ​の​よう​に​かい​す​べき​で​ある。すなわち、ひがし​から​のぼって​る​てん使​は、イスラエル​の​十二​の​ぞく​を​おさめる​ため​に​ける​かみ​の​いん​を​あたえられて​いる​もの​で​ある。それゆえ、かれ​は​永遠えいえん​の​ふくいん​を​って​いる​四​にん​の​てん使​に​さけんで、「わたしたち​の​かみ​の​しもべ​たち​の​ひたい​に、わたしたち​が​いん​を​して​しまう​まで​は、​も、う み​も、​も​そこなって​は​ならない」と​う。また、もし​あなたがた​が​それ​を​れる​こと​を​のぞめ​ば、この​ひと​こそ、イスラエル​の​ぞく​を​あつめ、ばん​を​もとどおり​に​する​ため​に​る​こと​に​なって​いる​エライアス​で​ある。

10 い。この​しょう​に​べられて​いる​こと​が​完了かんりょう​する​の​は​いつ​か。 ​こたえ。これら​の​こと​は​だい六​の​千​ねん、すなわち​だい六​の​ふういん​が​かれる​とき​に​完了かんりょう​する。

11 い。イスラエル​の​ぜんぞく​から​十四まん四千​にん、すなわち​かくぞく​から​一まん二千​にん​ずつ​いん​を​す​こと​に​よって、わたしたち​は​なに​を​かい​す​べき​か。 ​こたえ。わたしたち​は​つぎ​の​よう​に​かい​す​べき​で​ある。すなわち、いん​を​される​もの​たち​は、永遠えいえん​の​ふくいん​を​つかさどる​ため​に​かみ​の​せい​なる​くらい​に​聖任せいにん​される​だいさい​で​ある。かれら​は、ちょう​の​きょうかい​に​たい​と​のぞむ​すべて​の​もの​を​みちびく​ため​に、​の​もろもろ​の​こくみん​を​おさめる​ちから​を​あたえられて​いる​てん使​たち​に​よって、あらゆる​こくみんぞくこく​の​たみ民族みんぞく​の​なか​から​聖任せいにん​される​もの​で​ある。

12 い。もくろくだい八​しょう​に​べられて​いる、ラッパ​を​き​らす​こと​に​よって、わたしたち​は​なに​を​かい​す​べき​か。 ​こたえ。わたしたち​は​つぎ​の​よう​に​かい​す​べき​で​ある。すなわち、かみ​が​むい​の​あいだ​に​かい​を​つくり、なの​に​その​わざ​を​えて、それ​を​せい​なる​もの​と​し、また​​の​ちり​から​ひと​を​つくられた​よう​に、まさに​その​よう​に​だい七​の​千​ねん​の​はじめ​に​しゅ​なる​かみ​は​きゅう​を​せい​なる​もの​と​し、ひと​の​すくい​を​完了かんりょう​し、すべて​の​もの​を​さばき、そして​すべて​の​もの​の​わり​に​いたる​まで​すべて​の​もの​を​むすかため​える​とき​に​その​ちから​の​もと​に​かれなかった​もの​の​ほか、すべて​の​もの​を​あがなわれる。また、七​にん​の​てん使​が​ラッパ​を​き​らす​の​は、だい七​の​千​ねん​の​はじめ​に​おける​しゅ​なる​かみ​の​わざ​の​そなえ​と​完了かんりょう、すなわち​しゅ​の​らいりん​の​とき​に​さきつ​みち​の​そなえ​で​ある。

13 い。もくろくだい九​しょう​に​しるされて​いる​様々さまざま​な​こと​が​完了かんりょう​する​の​は​いつか。 ​こたえ。これら​の​こと​は、だい七​の​ふういん​が​かれた​のち、キリスト​の​らいりんまえ​に​完了かんりょう​する。

14 い。もくろくだい十​しょう​に​べられて​いる、ヨハネ​が​べた​ちいさな​もの​に​よって、わたしたち​は​なに​を​かい​す​べき​か。 ​こたえ。わたしたち​は​つぎ​の​よう​に​かい​す​べき​で​ある。すなわち、それ​は​かれ​が​イスラエル​の​もろもろ​の​ぞく​を​あつめる​と​いう​使めい​で​あり、さだめ​で​あった。よ、この​ひと​こそ、しるされて​いる​よう​に、かならず​て​ばん​を​もとどおり​に​する​エライアス​で​ある。

15 い。もくろくだい十一​しょう​の​ふた​の​しょうにん​に​よって、なに​を​かい​す​べき​か。 ​こたえ。かれら​は、わり​の​とき回復かいふく​の​とき​に​ユダヤ民族みんぞく​に​たいして​てられ、ユダヤじん​が​あつめられて​かれら​の​せん​の​​に​エルサレム​の​みやこ​を​きずいた​のち​に​かれら​に​げん​する​こと​に​なって​いる、ふた​の​げんしゃ​で​ある。