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まつじつせい​イエス・​キリスト​きょうかい​のしんこう箇条かじょう

きょうかいれき』​だい四​かん、五百三十五―五百四十一​ページ

第​1​章

1 ​わたしたち​は、永遠えいえん​の​ちち​なる​かみ​と、その​おん​イエス・​キリスト​と、聖霊せいれい​と​を​しんじる。

2 ​わたしたち​は、ひと​は​ぶん​の​つみ​の​ゆえ​に​ばっせられ、アダム​の​そむき​の​ゆえ​に​は​ばっせられない​こと​を​しんじる。

3 ​わたしたち​は、キリスト​の​贖罪しょくざい​に​より、ぜんじんるい​は​ふくいん​の​りっぽう​と​しき​に​したがう​こと​に​よって​すくわれ​る​と​しんじる。

4 ​わたしたち​は、ふくいん​の​だい一​の​原則げんそく​と​しき​と​は、だい一​に​しゅ​イエス・​キリスト​を​しんじる​しんこうだい二​に​あらため、だい三​に​つみ​の​ゆるし​の​ため​に​みず​に​しずめる​バプテスマ、だい四​に​聖霊せいれい​の​賜物たまもの​を​さずける​ため​の​按手あんしゅ​で​ある​こと​を​しんじる。

5 ​わたしたち​は、ふくいん​を​べ​つたえ、その​しき​を​しっこう​する​ため​に​は、ひと​は​げん​に​よって、また​権能けんのう​を​つ​もの​に​よる​按手あんしゅ​に​よって、かみ​から​され​なければ​ならない​と​しんじる。

6 ​わたしたち​は、しょ​の​きょうかい​に​あった​と​どういつ​の​しき、すなわち、使げんしゃ牧者ぼくしゃきょうしゅくふく​など​が​ある​こと​を​しんじる。

7 ​わたしたち​は、げんげんけいげんいやし、げん​の​解釈かいしゃく​など​の​賜物たまもの​が​ある​こと​を​しんじる。

8 ​わたしたち​は、正確せいかく​に​ほんやく​されて​いる​かぎり、『せいしょ』​は​かみ​の​こと​で​ある​と​しんじる。また、『モルモンしょ』​も​かみ​の​こと​で​ある​と​しんじる。

9 ​わたしたち​は、かみ​が​これまで​に​けい​された​すべて​の​こと、かみ​が​いまけい​される​すべて​の​こと​を​しんじる。また​わたしたち​は、かみ​が​この​のち​も、かみ​の​おうこく​に​かんする​おおく​の​だい​で​じゅうよう​な​こと​を​けい​される​と​しんじる。

10 ​わたしたち​は、イスラエル​の​​どおり​の​しゅうごう​と​じゅうぞく​の​回復かいふく​と​を​しんじる。また、シオン(しん​エルサレム)が​アメリカ​たいりく​に​きずかれる​こと、キリスト​が​みずから​じょう​を​とう​される​こと、そして​きゅう​は​こうしん​されて​らくえん​の​えいこう​を​ける​こと​を​しんじる。

11 ​わたしたち​は、ぶん​の​良心りょうしん​の​めいじる​とおり​に​ぜんのう​の​かみ​を​れいはい​する​とっけん​が​ある​と​しゅちょう​し、また​すべて​の​ひと​に​おなじ​とっけん​を​みとめる。かれら​が​どの​よう​に、どこ​で、なに​を​れいはい​しよう​と、わたしたち​は​それ​を​さまたげない。

12 ​わたしたち​は、おうだいとうりょうとうしゃ長官ちょうかん​に​したがう​べき​こと、ほうりつ​を​まもり、とうとび、ささえる​べき​こと​を​しんじる。

13 ​わたしたち​は、しょうじき真実しんじつ純潔じゅんけつぜんとくたかく​ある​べき​こと、また​すべて​の​ひと​に​ぜん​を​おこなう​べき​こと​を​しんじる。じつに、わたしたち​は​パウロ​の​かんこく​に​したがう​と​って​も​よい。わたしたち​は​すべて​の​こと​を​しんじ、すべて​の​こと​を​のぞむ。わたしたち​は​すでに​おおく​の​こと​を​しのんで​きて​おり、また​すべて​の​こと​を​しのべる​よう​に​と​のぞんで​いる。どの​よう​な​こと​で​も、とくたかい​こと、このましい​こと、あるいは​ほまれ​ある​こと​や​称賛しょうさん​に​あたいする​こと​が​あれ​ば、わたしたち​は​これら​の​こと​を​たずね​もとめる​もの​で​ある。

ジョセフ・​スミス