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教会は聖書について何を教えているか


第10章――「聖典」『福音の原則』

末日聖徒イエス・キリスト教会は4つの書物,すなわち聖書,モルモン書,教義と聖約,高価な真珠を聖典として受け入れています。これらは教会の標準聖典と呼ばれています。

ラッセル・M・ネルソン「聖文の証」2007年10月総大会

回復の聖文は聖書と対立するものではありません。むしろ聖書を補完するものです。

M・ラッセル・バラード「聖書という奇跡」2007年5月総大会

聖書の力強い教義や原則,詩や物語をわたしたちが手にしているのは奇跡です。しかし,何よりもすばらしい奇跡は,わたしたちが今日イエス・キリストの御言葉と,その生涯と務めに関する記述を手にしていることであり,また,そのために,暗黒の時代や何世代にもわたる争いの時代をくぐり抜けてそれらが守られてきたことです。

聖書の正確さ

末日聖徒は聖書を深く愛し,尊重しています。聖書を研究し,その教えを実践しようと努めています。そこに書かれている主イエス・キリストの人生と使命に対する証を大切にしているのです。しかし,現在の聖書に誤りがないとは考えていません。

D・トッド・クリストファーソン「聖文の祝福」2010年4月総大会

すべての聖文の第一の目的は,わたしたちの心を父なる神と御子イエス・キリストを信じる信仰で満たすことです。

ジェフリー・R・ホランド「わたしの言葉〔は〕……決して絶えることがない」2008年4月総大会

神が聖書の時代から語り,そして今も語っておられるという驚嘆すべき事実について調べるようすべての人に勧めます。

チャールズ・ディディエ「回復のメッセージ」2003年10月総大会

宗教の歴史は聖書にさかのぼります。聖書には,神が預言者にお与えになった人類に関する初期の啓示が記されています。人類の始祖アダムとエバの記録に始まり,その創造と堕落,それに伴う死すべき状態と神の御前からの追放,そして現世での最初の生活が記録されているのです。

第12課――「聖文から教える」『教師,その大いなる召し』

わたしたちの教会は聖文に通じ,聖句を相互参照し,聖句に印を付け,聖句ガイドを使ってレッスンや話の準備を行い,聖典の地図や聖書辞典〔英文〕(Bible Dictionary〕,その他このすばらしい標準聖典に収められている資料に通じている男女であふれていなければなりません。そこには,わたしたちが精通するための努力に追いつかないほど多くの資料が含まれています。確かに聖文の畑は「すでに白くなり刈り入れを待っている」のです。

第17章――「偉大な救いの計画」『歴代大管長の教え――ジョセフ・スミス』

わたしはわたしは原著者の筆によって書き記されたままの聖書を信じています。無知な翻訳者や不注意な転写者,あるいは腹黒く腐敗した聖職者たちが多くの間違いを犯してきました。……〔ヘブル6:1〕にある矛盾を見てください。「そういうわけだから,わたしたちは,キリストの教の初歩をあとにして,完成を目ざして進もうではないか。」〔訳注――「教の初歩をあとにして」は,英語の欽定訳では“leaving the principles of the doctrine”(「教義の原則をなおざりにして」)となっている。〕キリストの教義の原則をなおざりにしたら,どうして原則によって救いを得ることができるでしょうか。これは矛盾しています。わたしはそのように信じていません。本来の訳を伝えしましょう。「そういうわけだから,わたしたちは,キリストの教義の原則をなおざりにすることなく,完成を目ざして進もうではないか。」

ジュリー・B・ベック「わたしは聖文に喜びを感じる」『リアホナ』2004年5月号,107-109

預言者ジョセフ・スミスは少年のころ,重くのしかかる難問を抱えていました。聖文を読み始めたジョセフは,聖書(ヤコブの手紙1:5参照)の中に解決法を見いだしました。ジョセフはこう語っています。「この聖句が,このとき,かつて人の心に力を与えたいかなる聖句にも勝って,わたしの心に力強く迫って来た。」そして「再三再四」その聖句について思い巡らしたのです(ジョセフ・スミス-歴史1:12)。ジョセフは,読んだ聖句に従って行動したため,天の御父と御子イエス・キリストと聖霊について学び,自分が神の子であることを知りました。ジョセフは自分が何者であり,なぜこの地上にいるのか,そしてこの世の生涯で何をする必要があるのかを学んだのです。