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第16課 教師用資料:救い主の偉大な贖いの犠牲を受け入れる


「第16課 教師用資料:救い主の偉大な贖いの犠牲を受け入れる」『イエス・キリストとその永遠の福音 教師用資料』(2023年)

「第16課 教師用資料」『イエス・キリストとその永遠の福音 教師用資料』

第16課 教師用資料

救い主の偉大な贖いの犠牲を受け入れる

イエス・キリストの贖罪は,天の御父の救いの計画の中心を成しています。この課で,生徒は,イエス・キリストが「全人類の罪を贖うために」(「生けるキリスト—使徒たちの証」,ChurchofJesusChrist.org)払われた代価に対する感謝の念を深めることができます。生徒はまた,生活において,悔い改めをさらにキリストを中心とした喜びに満ちたものとするために何ができるかを考えるように勧められます。

教えるための提案

堕落により,わたしたちはイエス・キリストの贖罪を必要としている

教え方と学び方を改善する

霊的な学習を促す環境を整える。十二使徒定員会のボイド・K・パッカー会長(1924-2015年)は,「啓示は穏やかな環境の中ではいっそう容易に与えられ〔る〕」(「啓示をもたらす敬虔さ『聖徒の道』1992年1月号,23)と教えています。学習環境は,整頓された,清潔で快適なものとなっているでしょうか。生徒が学習する過程で,妨げになっているのはどのようなことでしょうか。どうすればそうしたものを最小限に抑えられるでしょうか。生徒はクラスに来たときに歓迎されていると感じているでしょうか。神聖な音楽や福音に関連した絵は,生徒が学習に備えるうえで,どのような助けとなるでしょうか。

クラスを始めるに当たって,次のシナリオを紹介するとよいでしょう:

拓海はイエス・キリストの贖罪に感謝はしているものの,自分の生活において救い主がすぐに必要だと常に感じているわけではありません。拓海は,自分は善良な人間で,基本的に戒めを守っていて,教会で奉仕もしており,大きな罪も犯していないので,主の贖罪は自分の状況ではあまり関係がないと考えています。

  • 主の贖罪に対する拓海の見方は,どのようなものでしょうか。拓海は,救い主の贖罪について,どのような間違った思い込みをしている可能性があるでしょうか。

  • 堕落について研究することで,拓海がイエスの贖罪に対して抱いている気持ちにどのように影響を与えることができるでしょうか。

エズラ・タフト・ベンソン大管長(1899-1994年)の次の言葉を見せるとよいでしょう:

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エズラ・タフト・ベンソン大管長

「堕落に関する教義と堕落が全人類に及ぼした結果を理解し受け入れるまでは,なぜキリストが必要なのかを,正しくまた十分に理解することはできません。」(A Witness and a Warning: A Modern-Day Prophet Testifies of the Book of Mormon〔1988〕, 33)

生徒に,アダムとエバの堕落が及ぼした影響について,個人でまたは二人一組で幾つか書き出してもらいます。(生徒は,ヒントを得るために準備資料のセクション1を参照するとよいでしょう。)その後,見つけたことをクラスで発表してもらうとよいでしょう。生徒が発表したら,以下の質問を一つまたは幾つかして,生徒が理解を深める手助けをするとよいでしょう:

  • 拓海のような「善い人」や「従順な人」を含むすべての人に,主の贖罪が直ちにかつ絶えず必要なのはなぜでしょうか。(役に立つと思われる場合は,2ニーファイ9:7-9を読むとよいでしょう。生徒は次のような原則を見つけるでしょう:わたしたちはイエス・キリストの贖罪によってのみ,肉体の死および霊の死の状態を克服することができる。

  • 肉体の死および霊の死とはどのようなものですか。(必要に応じて,準備資料のセクション1にあるD・トッド・クリストファーソン長老の言葉を復習してください。)ヤコブが肉体の死と霊の死を「恐ろしい怪物」(2ニーファイ9:10)と表現したのは,なぜだと思いますか。

  • 肉体の死と霊の死を克服する唯一の方法が救い主であることを知って,救い主に対してどのような気持ちを抱きますか(モーサヤ3:17参照)。

イエス・キリストは,わたしたちが悔い改めて贖われることができるように,ゲツセマネと十字架上で苦しまれた

このクラスへの備えとして,マルコ14:33-37ルカ22:43-44教義と聖約19:18を読んで,自分の考えや気持ちを記録するように勧められていたことを,生徒に思い出してもらいます。生徒にそれらの聖句を見直してもらう時間を取ります。その後,少人数のグループに分かれてもらい,以下の配付資料を配ります。

イエス・キリストはわたしたちを救うために苦しまれた

『イエス・キリストとその永遠の福音 教師用資料』—第16課

以下の質問に目を通し,グループで最も話し合いたい質問に重点的に取り組んでください:

  1. 自分のために苦しまれた救い主について思いをはせるとき,救い主に対してどのような思いや気持ちを抱きますか。主が進んで苦しみを負われたことから,主についてどのようなことが分かるでしょうか(1ニーファイ19:9を読むとよいでしょう)。

  2. 救い主が十字架上で苦しまれていたときに,天の御父が御自分の霊を退けられたのはなぜでしょうか(マルコ15:34と準備資料のセクション2にあるジェフリー・R・ホランド長老の言葉を復習するとよいでしょう)。孤独を感じるときや,忘れられた,見捨てられたと思うとき,主の十字架上での経験を思い起こすことは,どのような助けとなるでしょうか。

  3. 自分の価値を疑ってしまったとき,主の贖罪に対する証は,どのような助けとなるでしょうか(教義と聖約18:10-11を復習するとよいでしょう)。イエス・キリストとその贖罪に焦点を合わせることは,自分の可能性や将来に対する見方にどのような影響を与えるでしょうか。

  4. 悔い改めることを選ぶとき,自分自身と救い主にどのようなメッセージを送っているでしょうか。わたしたちが悔い改めるとき,主が喜びを感じておられるのはなぜでしょうか(教義と聖約18:13参照)。

  5. 主の贖罪が現実のものであるという確信が持てない人がいたら,その証を得るためにその人は何をすればよいでしょうか。

イエス・キリストはわたしたちを救うために苦しまれた

『イエス・キリストとその永遠の福音 教師用資料』—第16課

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教師用配付資料

生徒の必要に応じて,話し合いの中で印象に残ったことを分かち合ってもらうとよいでしょう。あるいは,以下の二つの文を見せ,悔い改めの教義に焦点を当ててもよいでしょう:生徒に,自分には悔い改めが必要だと感じているとき,最も共感できるのはどちらの文か考えてもらいます。

  1. 悔い改めは,避けるべき罰のように感じます。

  2. 悔い改めは,喜んで受け入れられる神聖な贈り物のように感じます。

生徒が悔い改めに対する自分の姿勢について深く考えることができるように,準備資料のセクション3にあるラッセル・M・ネルソン大管長の言葉を声に出して読むとよいでしょう。その後,生徒が次の真理を見つけられるように助けるとよいでしょう:「信仰と相まって,悔い改めはイエス・キリストの贖いの力に手を伸ばせるようにしてくれます。」(「行いを改善し,より良くなれます『リアホナ』2019年5月号,67)それから,以下の質問をします:

  • 信仰と悔い改めは,どのような方法で救い主の力にあずかれるようにしてくれるのでしょうか。

  • 悔い改めを神聖な贈り物と見なし,さらに喜んで受け入れるためには,何をしたらよいでしょうか。

生徒が答えてから,生活の中で悔い改めをより喜びに満ちた意義深いものとするために,自分にできることを書き留める時間を取るとよいでしょう。

時間が許せば,救い主の清めの力にあずかるうえで,悔い改めがどのように助けになったかを,何人かの生徒に分かち合ってもらうとよいでしょう。分かち合うとき,過去の罪を明かすことのないよう生徒に注意を促してください。

次回に向けて

第17課に向けて予習をするよう生徒を促すために,次のメッセージと画像を生徒に送るとよいでしょう:第17課の準備資料を研究する際,空になった救い主の墓の重要性について深く考えてください。

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空になったイエス・キリストの墓